Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S3E13: The Wrath of the Lamb きみに抱く同情は厄介だよ

青字スクリプトにしかないセリフ・状況、赤字は映像にしかないセリフ・状況です

室内:服のクローズアップ。美しい椅子から服が取り上げられ、カメラはハンニバルの背中に。ジャケットに肩を入れ、なめらかに袖に腕を通す。上質な服を着ることの心地よさ。
ワインボトルのセレクションにクローズアップ。ハンニバル、ラックから1本抜く。コルク抜きの脅すような輝き
室外:夜、室内の灯りは暖かく燃えている。窓際にたたずむウィル・グレアム。
自身の服に着替えたハンニバル、ワインとコルク抜きを持って室内を移動する。彼はウィルが窓際にたたずみ、夜の闇をじっと見つめているのに気づく

HANNIBAL: You're playing games with yourself in the dark of the moon.
ハンニバル:きみたちは月の影で自分自身とのゲームに興じてる
- Hannibal wipes down three wineglasses on a side table.
 ト書き:ハンニバル、サイドテーブルのワイングラスを3つ拭く
HANNIBAL: Wasn't surprising that I heard from the Great Red Dragon. Was it surprising when you heard from him?
ハンニバル:偉大なるレッド・ドラゴンからそう聞いたとき、驚きはなかったよ。きみが聞いたときは驚かなかった?
- Will hesitates. Hannibal does not miss a thing.
 ト書き:ウィル、たじろぐ。ハンニバルはその変化を見逃さない
WILL: Yes and no.
ウィル:どちらともいえない
HANNIBAL: You intend to watch him kill me?
ハンニバル:きみは彼が私を殺すのを観察するつもり?
WILL: I intend to watch him change you.
ウィル:彼があなたを変えるのを観察したいんだ
- Hannibal takes that in, a sad smile as he fingers the corkscrew, contemplating killing Will with it. Instead, he uses the tip to cut the seal on the wine bottle.
 ト書き:ハンニバル、その考えを理解して悲しい微笑みを浮かべ、コルク抜きを指で触れる。その凶器でウィルを殺すことに思いを巡らせながら。しかしそうはせず、彼はコルク抜きの先端でワインボトルの封を切る
HANNIBAL: My compassion for you is inconvenient, Will.
ハンニバル:ウィル、きみに抱く同情は厄介だよ
WILL: If you're partial to beef products, it's inconvenient to be compassionate toward a cow.
ウィル:牛製品を好むなら、牛に抱く同情は厄介でしょうね
HANNIBAL: Save yourself, kill them all?
ハンニバル:“自分自身を守れ。皆殺しにしろ”?
WILL: I don't know if I can save myself. And maybe that's just fine.
ウィル:自分を守れるかはわからない。でも多分そのほうがいいのかも
HANNIBAL: "No greater love hath man than to lay down his life for a friend."
ハンニバル:“人が友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない”? *1
WILL: He's watching us now.
ウィル:彼は今僕たちを見てる

ガラスが割れる低い音と鈍い衝撃。大きな窓には弾丸の穴が開き、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。ワインボトルはハンニバルの手の中で割れ、彼が目線を下にやるとセーターにはワインの染み。窓ガラスは弾丸の穴から一気に割れて砕け、ワインボトルは手から落ちる。彼のセーターの赤い染みは血であることがわかる。ハンニバルが撃たれたのだ。
割れた窓の向こうの中庭には夜の闇が見え、フランシス・ダラハイドが姿を現す。ハンニバル、膝から崩れ落ちる。腹部の銃創から血液がドクドクとあふれ出す。ウィル、ダラハイドが銃とダッフルバックを手に、腰のベルトにナイフを差して入ってくるのを見る

DOLARHYDE: (to Will) Don't run. I'll catch you.
ダラハイド:(ウィルに向かって)逃げるなよ。捕まえるぞ
- Hannibal glances up from his belly wound:
 ト書き:ハンニバル、腹の傷から視線を上げて
HANNIBAL: Hello, Francis.
ハンニバル:やあ、フランシス
DOLARHYDE: Hello, Dr. Lecter.
ダラハイド:どうも、レクター博士
 - Dolarhyde pulls a tripod from his bag and tosses it to Will, then points the gun at Will's head. Will begins to set it up.
 ト書き:ダラハイド、バッグから三脚を取り出してウィルに投げ、ウィルの頭に銃を向ける。ウィル、三脚をセットしはじめる
HANNIBAL: I'm so happy you chose life, Francis. Suicide is the enemy.
ハンニバル:君が生きる道を選択してくれて嬉しいよ、フランシス。自殺は敵だからね
 - Dolarhyde squats to look at Hannibal on his level.
 ト書き:ダラハイド、屈んでハンニバルと目線の高さを合わせる
DOLARHYDE: I had one rag of pride that Reba McClane gave me. It told me that suicide was a sorry end.
ダラハイド:リーバがくれた誇りの切れ端を持っていたんだ。その切れ端が自殺は悲しい結末しか生まないと教えてくれた
HANNIBAL: You were seized by a fantasy life with the brilliance and freshness and immediacy of childhood. It took you a step beyond alone.
ハンニバル:君は幼少期の輝かしく生き生きとした空想の世界に囚われていた。その世界が君に孤独を乗り越えさせたんだ
- Dolarhyde pulls a 16-mm camera from his bag, hands it to Will who fixes it atop the tripod, at gunpoint.
 ト書き:ダラハイド、バッグから16mmのカメラを取り出し、ウィルに手渡す。ウィルは銃を突き付けられながら三脚にカメラを設置する
DOLARHYDE: I'm going to film your death, Dr. Lecter, as dying, you meld with the strength of the Dragon.
ダラハイド:レクター博士、あなたの死を撮影するよ。死んでいきながらドラゴンの力と融合するさまを
HANNIBAL: It's a glorious and rather discomforting idea.
ハンニバル:それは光栄だが、不愉快なアイデアだな
- As Will backs away from the camera and tripod, he surreptitiously reaches for the gun tucked into the small of his back...
 ト書き:ウィル、カメラと三脚から遠ざかり、気づかれないように自分のボトムに差した銃に手を伸ばす
DOLARHYDE: Watching the film will be wonderful, but not as wonderful as the act itself.
ダラハイド:この記録を見るのも素晴らしいが、実際の行為ほど素晴らしいものはない

...そしてダラハイドは突如ウィルの顔にナイフを叩き込む。ウィルの頬に刺さった刃のアップ。血がウィルの口内に充満し、顔を流れ落ちる

ちょ、ちょっとここでいったん止めよう。
やっぱり問題は下線部です。ウィルはこの崖の家に来る前に警官の死体から銃を抜き、一瞬ハンニバルを殺すことを考え、思いとどまって同じ道を行くことを選んだ。でも銃は携帯したままで、そのことをハンニバルは知っています。これまでの考察が正しいなら、ハンニバルはここで究極ウィルによって殺されたい(愛するものを殺すことでウィルを変化させたい)。でもウィルはどうやら「ハンニバルを殺す」という選択肢を最後まで選んでくれない。しかもダラハイドによって「殺される」のではなく、「変えられる」ハンニバルを見ていたい、と言う。ウィル自身が変化を受け入れないなら、ドラゴンよりも強くなったダラハイドによって2人ともここで死ぬことになる。それならいっそ自分がウィルを殺してしまおう、とハンニバルは考える。無礼者ではない誰かを殺すとき、ハンニバルはいつも悲しく微笑んでいました。でも彼はウィルを殺すことをあきらめてしまう。
ウィル以外ならここでハンニバルは殺せたかもしれないのに、あるいはS2E7までのハンニバルなら殺したかもしれないのに、今の彼は同情ゆえに殺すことができない。Conpassionという言葉は哀れみ、慈悲とも訳しますが、“他人の苦しみや痛みを理解すること”、すなわち共感がベースにある。かつてベデリアさんは「ハンニバルには他者を理解する能力がない」と言い切りました。
もともと高い共感能力を持ち、弱い者を助けたい性質だったウィルに「暴力と殺人を楽しむ」という相反する魂の覚醒を促し、自分と同じものにしようとしたハンニバル。でも逆に、いつのまにかハンニバルに「他者を理解し、共感する」という魂が生まれてしまった。スクリプトに指示はないのですが、実際の映像でウィルの右頬にナイフが突き立てられた瞬間、ハンニバルの右頬は「まるで自分が刺されて痛みを感じたかのように」引き攣ります。私ここ見たとき、ハンニバルはもう共感能力を欠くサイコパスではなくなってしまったんだと思った。モンスターは再び人間になった。そしてベデリアさんがハンニバルに隠れて施していた「治療」は成功したんですね。

次は中庭の死闘!

*1:聖書のヨハネ福音書15章13節の言葉。この「友のために死ぬ」の主語はイエス・キリストです。ハンニバルとジャックの会話によればウィルはイエスであり、ウィルが「自分を守れるかわからない(=殺される)けど、そのほうがいい」と言ったことに対してハンニバルは皮肉を言ってる。「自殺は敵だ」とダラハイドに言ったように、ウィルに自ら死なれることがハンニバルにとっては一番困るから。