Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S1E2: Amuse-Bouche あなたが僕のパドルに

S1E2: Amuse-Boucheから、ウィルがホッブズ射殺時に気分がよかったと認めるカウンセリングのシーン。客観的に見るとハンニバルはこの段階でバレかねない危ない橋を渡ってるけど、取り込まれつつあるウィルは「ボートのエンジンが壊れたらあなたが僕のパドルになってくれるはず」とか言ってる。あとハンニバルに巧妙に導かれたとはいえ、2話めにしてウィルが殺人による快楽を肯定してしまうのもええええってなります。

つまりこのドラマはけっこうな序盤でウィル=正義、ハンニバル=悪のシンプルな二項対立を全否定していて、A→Bの痛快な謎解き捕物帳にはならないよ、っていう方向性を提示してるのに、視聴者はミステリの型前提で観るからやっぱりミスリードしちゃうんだよなあ...。実際私がそうでした。


■殺人を楽しんでいた/ウィルとハンニバル
まずは字幕。

ハンニバル:スタメッツを撃った時誰が見えた?
ウィル:ホッブズは見てない
ハンニバル:つまり君を悩ませているのはホッブズを殺して痛快だと感じる自分か
ウィル:正当だと思った
ハンニバル:だからここにいる。欲求でなく、人命のために殺したと思いたくて
ウィル:スタメッツの時は欲求などなかった
ハンニバル:彼を殺さなかった
ウィル:頭をよぎった。彼を撃つ気がなかったとは言い切れない
ハンニバル:殺意があったならそれは彼を理解したからだ。口にできないことに声を与えるのは美しい
ウィル:ボートの整備士をしてればよかった
ハンニバル:機械の動きは予測できる。修理に失敗してもパドルがあるが、ホッブズの時は?
ウィル:あなたがパドルに
ハンニバル:なろう。殺したから沈んでるんじゃない、殺して気分が良かったからだ
ウィル:快感だった
ハンニバル:神も同じ気持ちだ。ずっとやってる。人間は神の像だ
ウィル:その意見は人による
ハンニバル:神は素晴らしい。先日教会の屋根を34人の上に落とした。賛美歌の最中に
ウィル:喜びを感じてると?
ハンニバル:力を感じてる

 

スクリプトと対訳はこちら。

HANNIBAL'S VOICE: When you shot Eldon Stammets... who was it that you saw?
ハンニバルの声:エルドン・スタメッツを撃ったとき、誰に見えた?
WILL: I didn't see Hobbs.
ウィル:ホッブズは見えませんでした
HANNIBAL: Then it's not Hobbs' ghost that's haunting you, is it?
ハンニバル:それなら君に絶えず付きまとっているのはホッブズの亡霊ではないね
 It's the inevitability of there being a man so bad that killing him felt good.
 彼を殺して気分がいいと感じる人間が存在するのは必然だ *1
WILL: Killing Hobbs felt just.
ウィル:ホッブズの殺害は正しいことだと感じてた
HANNIBAL: Which is why you're here-- to prove that sprig of zest you feel is from saving Abigail, not killing her dad.
ハンニバル:それが今きみがここにいる理由だ。きみが感じているsprig of zest*2はアビゲイルの父親を殺したからではなく、彼女を救ったからだと証明するために
WILL: I didn't feel a sprig of zest when I shot Eldon Stammets.
ウィル:エルドン・スタメッツを撃ったときはsprig of zestを感じなかった
HANNIBAL: You didn't kill Eldon Stammets.
ハンニバル:エルドン・スタメッツは殺さなかったからだ
WILL: I thought about killing him. I'm still not entirely sure that wasn't my intention pulling the trigger.
ウィル:殺すことも考えました。引き金を引くつもりがなかったとはいえない
HANNIBAL: If your intention was to kill him, it's because you understand why he did the things he did.
ハンニバル:もし殺意があったなら、それはスタメッツが犯罪を犯した理由をきみが理解しているから
 It's beautiful in it's own way-- giving voice to the unmentionable.
 口にすべきでないものに声を与える行為はそれはそれで美しい
WILL: I should have stuck to fixing boat motors in Louisiana.
ウィル:ルイジアナでボートのモーターを修理してればよかった *3
HANNIBAL: A boat engine is a machine, a predictable problem, easy to solve. You fail, there's a paddle. Where was your paddle with Hobbs?
ハンニバル:ボートのエンジンは機械だから問題は予測できる、解決も容易だ。修理できなくてもパドルがある。ホッブズに付属のパドルはどこにある?
WILL: You're supposed to be my paddle.
ウィル:あなたが僕のパドルになってくれれば
HANNIBAL: I am. It wasn't the act of killing Hobbs that got you down, was it? Did you really feel so bad because killing him felt so good?
ハンニバル:なるよ。きみはホッブズを殺したことで落ち込んでるんじゃない。本当は彼を殺して気分がよかったから後悔しているのでは?
- Will weighs that statement, finally admitting to Hannibal:
 ト書き:ウィル、ハンニバルの言葉を熟考し、ついに認める
WILL: I liked killing Hobbs.
ウィル:僕はホッブズを殺すことを楽しんでいた
HANNIBAL: Killing must feel good to God too-- he does it all the time. And are we not created in his image?
ハンニバル:殺人は神をも楽しませる-- 神はいつだって楽しんでる。私たちは神の似姿として創造されたのではなかった?
WILL: That depends who you ask.
ウィル:聞く相手によるでしょうね
HANNIBAL: God's terrific. He dropped a church roof on 34 of his worshippers last Wednesday night in Texas, while they sang a hymn.
ハンニバル:神はすばらしい。先週の水曜日、神はテキサスの教会の屋根を34人の信者の上に落とした。彼らは讃美歌を歌っていたのに *4
WILL: Did God feel good about that?
ウィル:神はそれを楽しんでた?
HANNIBAL: He felt powerful.
ハンニバル:力を感じていた

*1:ここの訳ちがうような気がするな。so badは難しい。

*2:ここはどう解釈したらいいんだろう...わからん...。字幕では「欲求」だけど、sprigもzestも料理の文脈で出てくる単語なんですよね。レシピで「タイムの枝(sprig)とレモンの皮のすりおろし(zest)を風味づけに入れる」みたいに。料理マニアのハンニバルから言い出してるし、スパイスのような覚醒的な刺激、爽快感を増す添え物、くらいの意味なのかなあ...。

*3:メモ:原作のウィルがレクター博士逮捕後にボート修理工として隠遁してたのはフロリダ州マラトン。ドラマ版ウィルの父親ミシシッピ州のビロクシ、グリーンビルあたりでボート修理をやってた。

*4:ここは原作に忠実。「自分の切なる祈りが一部しか聞き届けられなかったこのとき以来、ハンニバル・レクターが神の意図について思いを凝らすことは絶えてなかった。例外があったとすれば、神による殺戮に比べれば自分のなす殺戮など何程のものでもない、と思い知ったときくらいだろう。・・・まこと神はその皮肉において比類なく、その気まぐれな悪意において計り知れない存在である」(羊たちの沈黙