Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S3E11: ……and the Beast from the Sea きみは変化を熱望していないか?

E11は時系列で把握しにくいので、まずハンニバルとウィルの対話だけ全部抜き出して繋げてます。
青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

ハンニバルとウィルの対話の前に、S3E10の取りこぼしを。女を知って愛の喜びに目覚め、レッド・ドラゴンになるのをやめたいダラハイド。なかなか勝手な言い分ではないか。「彼女を竜に渡したくない」という彼に、ウィルの家族を殺して彼にドラゴンを譲り渡せとそそのかすハンニバルのターンです。

HANNIBAL: You have the Dragon in your belly now. You could choose to have her alive. You don't have to worry about feeling love for her. You can always toss the Dragon someone else.
ハンニバル:君はいま腹の中にドラゴンを抱えている。彼女が生きられる道を選ぶこともできる。彼女を愛する感情を気に病む必要はない。君はほかの誰かにドラゴンを放り投げていいんだ
DOLARHYDE: Will Graham interests me. Oddlooking for an investigator. Not very handsome, but purposeful.
ダラハイド:ウィル・グレアムに興味を引かれます。捜査官にしては風変わりな見た目をしてる。それほどハンサムではないが、意志が固そうだ
- Hannibal leans forward, now face to face with Dolarhyde, as if to whisper a thrilling secret:
 ト書き:ハンニバル、屈みこんでダラハイドに顔を近づけ、まるで隠された秘密を囁くように:
HANNIBAL: He has a family.
ハンニバル:彼には家族がいる
- Dolarhyde takes a breath, grasping the enormity of the information. Hannibal leans back comfortably in his chair.
 ト書き:ダラハイド、その重大な情報を把握し息を飲む。ハンニバル、彼の椅子にゆったりと凭れる
HANNIBAL: Save yourself. Kill them all.
ハンニバル:自分自身を守れ。皆殺しにしろ

ハンサムってどう訳せばいいのかなあ。紳士的で男らしいとか凛々しいとか、とにかく整ってるニュアンスですよね。あとクラシカル。ウィルはそっちの造形じゃないってことかな。

次はBSHCIのハンニバルの独房、窓から見える月明かりに手をかざすハンニバルとウィルの対話。途中で挟まる別シーンは次の記事に回します。

WILL: I'm not fortune's fool. I'm yours. "Behold the Great Red Dragon."
ウィル:僕は幸運の愚者じゃない、あなたの愚者だ。“偉大なるレッド・ドラゴンを見よ”ですか
HANNIBAL: And did you?
ハンニバル:見ただろう?
WILL: I had a random encounter.
ウィル:偶然鉢合わせたんだ
HANNIBAL: Randomness is nothing intrinsic. Simply a lack of information.
ハンニバル:偶然性はシステムに内在するものではないよ。単なる情報の欠如だ
WILL: The Brooklyn Museum is closed to the public on Tuesdays, but researchers are admitted. You knew that's when we'd both be going.
ウィル:ブルックリン美術館は火曜日は一般公開されてないけど、研究者は入館できる。あなたはその日に僕らが行くことを知ってた
HANNIBAL: A sophisticated intelligence can forecast many things. I suppose mine is sophisticated enough. You're so close to him now. You and the Dragon are doing the same things at various times of the day.
ハンニバル:洗練された知性は多くの物事を予測できる。私の知性は十分に洗練されているわけだね。今やきみは彼のすぐそばにいる。きみとドラゴンは1日のなかで同じことをしてるんだ
WILL: He's contacted you.
ウィル:彼はあなたに接触してる
HANNIBAL: How do you imagine he's contacted me? Personal ads? Writing notes of admiration on toilet paper?
ハンニバル:どうやって彼が私に接触したと想像する?新聞の個人広告?トイレットペーパーに熱烈なファンレターを書く?
WILL: Alana thinks he's trying to stop.
ウィル:アラーナは彼が止まろうとしてると考えてる
HANNIBAL: To begin to understand the Dragon, to hear the cold drips in his darkness, Dr. Bloom would have to see things she could never see. She would have to fly through time.
ハンニバル:ドラゴンを理解しはじめたなら、彼の暗闇に響く冷たい雫の音を聞いているなら、ブルーム博士はかつて決して見ることのなかったものを見なくてはね。彼女は時空を飛び超えなくてはならない

- Will regards Hannibal, connections forming into certainty.
 ト書き:ウィル、ハンニバルを注視する。いくつもの繋がりが1つのものを形作る
WILL: There is a family out there who don't know he's coming. We could save them. Tell me who he is.
ウィル:外の世界には彼が来ることを知らない家族がいる。僕らは家族を救えるはず。彼が誰なのか教えて
HANNIBAL I don't know who he is.
ハンニバル:誰かは知らない
- Will studies Hannibal -- he's telling the truth.
 ト書き:ウィル、ハンニバルを観察する ― 彼は真実を語っている
HANNIBAL: When you close your eyes, Will, is it your family you see?
ハンニバル:ウィル、目を閉じたとき瞼に浮かぶのはきみの家族?
WILL: How is he choosing them?
ウィル:彼はどうやって家族を選んでる?
HANNIBAL: How he's choosing them is not how you'll catch him.
ハンニバル:彼が家族を選ぶ方法はきみたちが彼を捕まえる方法と同じだよ
WILL: How?
ウィル:だからどうやって?
HANNIBAL: Social media, I imagine. Can't be too careful with privacy settings.
ハンニバルソーシャルメディアだろう。プライバシーの設定には注意してもしすぎることはない
WILL: Do you know who they are?
ウィル:あなたは次の標的になる家族を知ってるんですね
HANNIBAL: Yes.
ハンニバル:ああ
WILL: You're willing to let them die.
ウィル:あなたはその家族を喜んで死なせようとしてる
HANNIBAL: They're not my family, Will. And I'm not letting them die. You are.
ハンニバル:ウィル、彼らは私の家族じゃない。それに死なせるのは私じゃない、きみだ

ここで時間は飛んで、ダラハイドによるモリーとウォルター襲撃後。激おこのウィルとハンニバルはガラス壁越しにシンメトリーに対峙します。

WILL: I'm just about worn out with you crazy sons of bitches.
ウィル:僕はもうあんたみたいなサイコ野郎には疲れ果てた
HANNIBAL: The essence of the worst of the human spirit is not found in the crazy sons of bitches. Ugliness is found in the faces of the crowd.
ハンニバル:人の精神において最低最悪の本質はサイコ野郎とやらには表れない。醜悪さは群衆の顔にこそ現れる
WILL: What did you say to him?
ウィル:彼になんて言った?
HANNIBAL: "Save yourself. Kill them all." Then I gave him your home address.
ハンニバル:“自分自身を守れ。皆殺しにしろ”と。そしてきみの住所を教えた
WILL: Always scheming toward hurt.
ウィル:いつだって害するために悪巧みをしてる
HANNIBAL: How is the wife?
ハンニバル:奥さんはどう?
WILL: She has a vigilance for lumps and hard-bought knowledge that time is luck. How's my wife? She's lucky.
ウィル:彼女には警戒心と、「時は幸運」という努力して得た知恵があった。僕の妻がどうかって?幸運にも生きてるよ
HANNIBAL: She survived the Great Red Dragon. Takes a pinch more than luck. You married her for something. When you look at her now, what do you see?
ハンニバル:彼女は偉大なるレッド・ドラゴンから生き延びた。幸運よりも窮地を選んで。きみは“何か”のために彼女と結婚したんだよ。今彼女をみて何が見える?
WILL: You know what I see.
ウィル:僕が何を見たかなんてあなたにはわかってる
HANNIBAL: Before he became the Red Dragon, this shy boy would not have dared any of this.
ハンニバル:彼がレッド・ドラゴンになる前なら、あの照れ屋の犯人はこんなことはできなかった
WILL: Now he thinks he can do anything. Anything. Anything.
ウィル:今は何でもできると思ってますよ。何でも。あらゆることを
HANNIBAL: Fear brushes the walls of your chest, circling inside you like a bat in a house. Get hold of it.
ハンニバル:恐怖がきみの胸壁を塗りつぶし、きみの中を蝙蝠のように飛び回る。その恐怖を捕まえるんだ
WILL: The Dragon's gotten hold of his.
ウィル:彼はドラゴンに捕まってしまった
HANNIBAL: The Dragon likely thinks you're as much a monster as you think he is.
ハンニバル:ドラゴンはきみをモンスターだと考えてる。きみが彼をモンスターだと思うように
WILL: Is this a competition?
ウィル:これは競争?
HANNIBAL: "Two souls, alas, are dwelling in my breast, and one is striving to forsake its brother." The Great Red Dragon is freedom to him, shedding his skin, the sound of his voice, his own reflection. The building of a new body and the othering of himself, the splitting of his personality, all seem active and deliberate. He craves change.
ハンニバル:“ああ、わたしの胸には二つの魂が住んでいる。その一つが他の一つから離れようとしている”。偉大なるレッド・ドラゴンは彼にとっての自由だ。ドラゴンによって彼の皮膚、彼の声の響き、彼自身の内省は脱ぎ落とされる。新たな体を構築し、彼自身を他者とし、人格は分裂する。それらすべては能動的に計画されている。彼は変化を熱望してるんだ
WILL: He didn't murder those families? He changed them?
ウィル:彼は家族を殺したんじゃなかったのか?彼は家族たちを変えた?
HANNIBAL: He wants to change you, too. Don't you crave change, Will?
ハンニバル:彼はきみも変えたがってる。ウィル、きみは変化を熱望していないか?

スラングのSOBが出るほどお怒りのウィルですが、ハンニバルはずっと次はウィルの家族だぞってヒント出してるよー!

そしてここらへんの会話は字幕の訳がS2なみにミスリードしてしまってるけど、相当重要です。あのね「ドラゴン」と「ダラハイド」と「彼」の訳し分けが曖昧なんだと思うの。まずダラハイドはドラゴンを扱いかねて食われようとしてるので、彼は被害者でウィルは本質(2つの魂のうちの1つ)に従えば助けなくてはならない。そしてハンニバルの考えではウィルはドラゴンに喰われることなく融合できる。そうすれば、殺すことは救済なのだとウィルは理解できるようになる。「愛するものを殺させる」はたぶんここにつながってくるはずで、それがハンニバルの求めているウィルの究極の姿。殺される側には変化のための渇望がある。ドラゴンは家族たちを殺すために殺したのではなく、変化させるために殺した。このあたりのキーワードがたぶんS3ラストに加速してく鍵になってくるんだと思う。

それにしてもゲーテファウストがS3になって目くばせみたいに頻出するの、このドラマが「ウィル・グレアム」という人間で表現したいテーマそのものなのかもしれないな...。ここにきてようやくちょっとだけウィルを理解する光明が見えてきたのですが、ええとファウストには「化学の結婚」という概念があります。ユングのいう結合の神秘とよく似た概念で、魂の内部で相反する2つのもの、対立する2つのものがあるとき、どちらかを殺すのではなく調和させようとする考え方。アウフヘーベンに近い?って言ってしまっていいのかな。S3E7までの博士がウィルの片方の魂、弱者を救済しようとする魂を殺してしまおうとしていたのに対して、S3E8以降の博士はその2つの魂を融合させたいんですね。だから彼は「許せ」と言った(S3E9)。あ、でも待てよハンニバルは融合のための切り札であるレッド・ドラゴンをダラハイドから取り上げ、ウィルに与えようとしてる。そうするとやっぱりハンニバル自身も救済を求めてるんだよね。あっだめだ、これわかりにくいな。長くなりすぎたので次か次の次で詳しめにやります。。ベデリアさんの話してる内容も多分そこにつながってくる。はず。