Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S3E6: Dolce このスープはあまりおいしくない

S3E6ラスト。猟奇的な表現が目白押しですご注意!

青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

ウィルの幻覚を受けて、ここからは現実のシーン。ウィルが目を開くと晩餐のテーブルについていて、新しいシャツに着替えている(これがあのハンニバルがウィルのために仕立てたという噂のシャツですね!)。他人様のお台所から出てきてスープをウィルの前に置くハンニバル。ウィルを椅子に縛りつけ、腕に再度薬剤を注入する。薬の効果でハンニバルの顔が自分の顔に見えるウィル。このあたり撮影上のト書きが多くて、適宜省いております。

HANNIBAL: I do not indulge much in regret, but I am sorry to be leaving Italy. There were things in the Palazzo Capponi I would have liked to read. I would have liked to play the clavier and perhaps compose. I might have cooked for the Widow Pazzi, when she overcame her grief. I would have liked to have shown you Florence, Will.
ハンニバル:私は後悔に身を任せることはないが、イタリアを離れるのは残念だよ。カッポーニ宮には読みたい文書がまだあったのに。チェンバロを弾きたかった、ときには作曲も。パッツィ未亡人が悲しみを乗り越えたら、彼女のために料理したかもしれない。ウィル、きみにフェレンツェを案内したかった
- Hannibal raises a straw to Will's lips. Will sips.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの唇にストローを持っていく。ウィル、ひと口すする
WILL: The soup isn't very good.
ウィル:このスープはあまりおいしくない
HANNIBAL: It's a parsley-and-thyme infusion, and more for my sake than yours. Have another sip, let it circulate.
ハンニバル:パセリとタイムを煎じたスープだ。きみのためというより私のためだね。もうひと口飲んで、循環させるんだ
- Will does so. Pliable to Hannibal's wishes. Will notes a third place setting at the other end of the table.
 ト書き:ウィル、ひと口飲む。テーブルの反対側に第三者のための席がセッティングされているのに気づく
WILL: Are we expecting company?
ウィル:僕らは晩餐の相手を待ってる?

映像ではストローじゃなくスプーンでしたね。それにしてもパセリとタイムの抽出液を「自分のために」飲ませるハンニバルよ...。うーん、これ①と②のどっちなんだろう?

①香辛料として体に入れて風味づけするため
②脳の一部を切除&調理した後、より速やかに回復させるため

①だったら死んでからで(むしろそのほうが風味的に)よくない?と思う。生かしながら食べてたギデオンの主食は牡蠣やエスカルゴ、ワイン、木の実で、香草のスープは飲ませてないし。
②はちょっと特殊な情報が前提ですが、パセリ・タイムなどの香草にはアピゲニンというフラボノイドが多く含まれます。このアピゲニンは脳の神経細胞シナプス新生に顕著に働く(http://neurosciencenews.com/apigenin-synapses-alzheimers-3261/)。ただこの知見が発表されたの、多分ハンニバルの撮影後なんですよね...。単にアピゲニンが神経発生に寄与する、という報告なら2009年からあるけど(Expert Opin Ther Pat. 2009; 19(4): 523-7.)、このドラマ制作チームなら取り入れかねない。あとハンニバルはdigest(消化)じゃなくてcirculate(循環)って言ってるから、アピゲニンが脳関門を通過する=循環、の意味なんじゃないかな。...というか、私①の発想がなくて最初に見た時からずっと②だと思ってました。つまり生かしたまま、ウィルの脳のなかで最も複雑に美しく肥大した部位、そしてウィルを「人間」に縛り付ける部位=前頭前野のみ切り取って食べる。あとで①もありうるのかなあと思って、でも追手が迫るこの状況、さらにソリアート教授のアパートというアウェイで、ハンニバル(とジャック)だけでウィルを完食はできない=証拠が隠滅されない。追手が警察ならハンニバルは捕まるし、メイスンならウィルともども拉致される。プリマヴェーラの前でウィルと再会し、彼に殺されることが叶わなかった時点でハンニバルにはこの分岐点は見えていたはずです。でもどちらに捕まったとしても、ウィルがいないとハンニバルは困る。だからせめて脳の損傷を最低限にとどめて回復させるために、あの主義に反するマズいスープを与えたのでは?と。一方のウィルは「ハンニバル・レクターを逮捕する」という実現不可能な命題のもと物語世界を生きているので、自分が証拠になる可能性は捨てていない。*1

そしてベデリアさんの密告シーン。ウィルとハンニバルのこれまでを知ってる彼女の恐ろしさ爆発です。

BENETTI: Is your husband still in the city?
ベネッティ:あなたの夫はまだこの街にいる?
BEDELIA: My husband was hoping to meet a friend before he left Florence.
ベデリア:夫はフィレンツェを離れる前にある友人に会いたがっていたわ
BENETTI: Where?
ベネッティ:どこで?
BEDELIA: The nature of their meeting requires privacy. They'll be somewhere no one's supposed to be.
ベデリア:彼らの再会の性質上、プライバシーの確保が必要になる。誰もいないはずの場所に彼らはいる

ハンニバルの最大の過ちはむしろベデリアさんでは、と思うのですが...。それにしてもベネッティにしろ殺されたディモンドにしろ、S3に出てくる男は妙にエロいのう(褒めてる)。

次、ソリアート博士宅にやってきたジャック。テーブル下のハンニバルに襲われるシーンは飛ばして、拘束後の晩餐シーンです。

HANNIBAL: I've taken the liberty of giving you something to help you relax. Won't be able to do much more than chew, but that's all you'll need to do. I didn't have an opportunity to ask you during our last encounter, but did you enjoy the exhibition? A different kind of evil minds museum.
ハンニバル:君がリラックスできるように投与した薬物が君の自由を奪っている。噛む以外のことはできないだろうが、それだけで十分だ。最後に会ったとき君に尋ねる機会がなかったが、あの展示は楽しめた?“悪の権化”の異なる形態だよ
JACK: Not so different.
ジャック:同じだろ
- Hannibal smiles and pours Will a glass of wine. Will raises it and sips. Jack stares, the incongruity of this beyond belief.
 ト書き:ハンニバルは微笑み、ウィルのグラスにワインを注ぐ。ウィルはそれを持ち上げ、ひと口飲む。ジャックは信じられないほどの違和感を目の当たりにする
HANNIBAL: The promoters are failed taxidermists who formerly got along by eating offal from the trophies they mounted. Things that bring people together.
ハンニバル:かつては自分たちが剥製にした動物の肉で糊口を凌いでいた、しくじった剥製師が主催者だ。物と物をくっつけて1人の人間にする *2
JACK: We were supposed to sit down together back in Baltimore the three of us.
ジャック:われわれはボルチモアで一緒に食卓を囲むはずだった。この3人でね
HANNIBAL: You were to be the guest of honor.
ハンニバル:君が主賓になるはずだった
WILL: But the menu was all wrong.
ウィル:でもメニューが間違っていた
HANNIBAL: Yes, it was.
ハンニバル:そうだったね
- Putting down his wine, he picks up a diabolical-looking electric BONE SAW, addressing Will:
 ト書き:ワインを置き、彼は悪魔的な見た目の電動鋸を手にとってウィルに近づく
HANNIBAL: Jack was the first to suggest getting inside your head.
ハンニバル:ジャックは出会った時、きみの頭の中を覗くよう提案した
- Hannibal looks down at Will. Then, fondly, and with real regret:
 ト書き:ハンニバル、ウィルを見下ろす。そして情愛を込めて、本物の後悔とともに:
HANNIBAL: Now we both have the opportunity to chew quite literally what we've only chewed figuratively.
ハンニバル:われわれは比喩的に「よく考える」だけだったが、今や文字通り「咀嚼する」機会を得た
JACK: Hannibal...
ジャック:ハンニバル...

で、おもむろに電ノコギュイーン!「情愛を込めて、本物の後悔とともに」って、とてもハンニバルらしい。美しい。ラストのト書きの描写に「血がウィルの両目の間を流れ落ち始める。血液はテーブル上で泡となって浮遊し、そのなかにはジャック、ハンニバル、ウィル自身、そしてウェンディゴが反射している」とあるのですが、ここ映像ではウェンディゴは確認できなかった。
このシーン、ジャックが言うように「信じられないほどの違和感」ですよね。ジャックはたしかに驚いて恐怖にひきつって叫んでる、とても正常な反応です。でもウィルはお薬が入ってるとはいえ、ちっとも動じていない。昏睡に近いかというとそうでもなくて、ハンニバルとジャックの会話に入れてるし、ト書きではワインまで飲んでる。電ノコが額に喰い込むにいたっても苦痛や嫌悪、拒否の表情は一切ない。初めてこのシーンを見たとき、バタイユの「エロスの涙」の処刑のくだりを思い出しました。はじめはバタイユからハンニバルをエロスで読もうとしてたんだ、そういえば。

さあ次、マスクラットファームへようこそ!

*1:あとすごく些末なことなんだけど、映画「ハンニバル」のラストみたいにきれいに脳を露出する(=前頭側頭開頭)には、額の前方からまっすぐ鋸を入れるハンニバルのやり方では無理です。頭蓋骨はこめかみで骨・筋とつながってるので、耳の上くらいから生え際にそって額の真上までまず切って、頭皮を剥いでから電ノコ使ってこめかみ・頭蓋を穿頭の要領で切り結んで、ぱかっと外す。脳は硬膜に覆われてるので、さらに剥離子で硬膜を剥がす。脳実質を取り出すためにはこれだけの作業が必要で、十分な器具がなければけっこう時間がかかります。だからハンニバルは本当に脳を露出させる気はなかったんじゃないかな...。

*2:ここは「ハンニバル」からの引用です。残忍な拷問展示のくだりで出てくる。