Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S3E2: Primavera もしあのとき誰も死ななかったらどうなってた?

S3はやっぱり難解で、なかなか進まない...。
とりあえずハンニバルがウィルにブロークン・ハートを突き付けたシーンから。

- The faux organ hovers above the floor, supported by a makeshift tripod formed by a TRIO OF SWORDS run through the body. Down each blade, blood trickles. A bloody valentine awaiting its intended.
 ト書き:3本の剣(trio of swords)で形成された頑丈な三脚で支えられ、空中に不自然な臓器が浮かんでいる。それぞれの剣の下には血溜まりができている。運命の人を待ちわびる血まみれのバレンタイン(・カード)

ここ下線部でヒッってなるんですけど、one's intendedは未来の夫(妻)、婚約者、許婚の意味です。あいかわらずハンニバルの愛がすさまじく重い。そういえば昔血まみれのバレンタインっていうホラー映画があったな...。

そしてパッツィ捜査官からフィレンツェの怪物イル・モストロの過去の事件(プリマヴェーラを模した殺人)を知ったウィルの、血まみれのハートを見立てたあとのひと言。

WILL: A valentine written on a broken man.
ウィル:破壊された人間に書かれたバレンタイン(・カード)だ

ウィルに正しく名指されたハートは、血まみれの肉を備えた"ANTLERED NIGHTMARE(枝角の悪夢)"に姿を変えてウィル目がけて直進します。怯えて後ずさり、祭壇の前に倒れ込んだ後のウィルとアビゲイルの会話。

WILL: I do feel closer to Hannibal here. God only knows where I would be without him.
ウィル:ハンニバルをより身近に感じた。彼なしでどこに行けばいいのか、神のみぞ知るだ
ABIGAIL: What did you see?
アビゲイル:何を見たの?
WILL: He left us his, ...his broken heart.
ウィル:彼は僕らに壊れた自分のハートを残した
ABIGAIL: How did he know we were here?
アビゲイル:私たちがここにいると彼はどうやって知ったの?
WILL: He didn't. But he knew we'd come.
ウィル:知らなくても、彼は僕たちが来ることを知ってた
ABIGAIL: He misses us.
アビゲイル:私たちを恋しがってる
WILL: Hannibal follows several trains of thought at once without distraction from any, and one of the trains is always for his own amusement.
ウィル:ハンニバルは他の思考に邪魔されずに同時に複数の思考を行うことができる。そのうち1つはいつも彼自身の楽しみのための思考だ
ABIGAIL: He's playing with us.
アビゲイル:彼は私たちで遊んでるのね
WILL: Always. You still want to go with him?
ウィル:常にね。君はまだ彼と一緒に行きたい?
ABIGAIL: Yes.
アビゲイル:ええ
WILL: He gave you back to me. Then took you away. Lucy and the football. He just keeps pulling you away. ...What if no one died? What if we all left together? Like we were supposed to. After he served the lamb. Where would we have gone?
ウィル:彼は君を僕に返し、また奪い去った。チャーリー・ブラウンの)ルーシーとフットボールみたいに、彼は僕から君を引き離し続ける。...もしあのとき誰も死ななかったらどうなってた?もし僕たちが一緒に立ち去っていたら?予定していた通りに、彼が子羊を饗した後で、僕たちはどこへ行ってた?
ABIGAIL: In some other world?
アビゲイル:別の世界のどこか?
WILL: In some other world.
ウィル:別の世界のどこか
ABIGAIL: He said he made a place for us.
アビゲイル:彼は私たちのための場所を作ったと言ってた
- Will fights back his emotion, then:
 ト書き:ウィル、感情を抑えようとする
WILL: A place was made for you, Abigail, in this world. The only place I could make for you.
ウィル:アビゲイル、君のための場所はこの世界にもう作ってあるんだ。僕が君のために作った場所

ウィルはハンニバルが連れていこうとする別の世界のどこかではなく、この世界を選ぶ。でもアビゲイルが既に失われたことをウィルは知っています。アビゲイルの首がぱっくり裂けるシーン、スクリプトには“それは死に至る傷だ--ハンニバルの台所の床でアビゲイルを死に至らしめたものと同じ。ウィルの罰(It's a mortal injury -- the same one that left Abigail dead on Hannibal's kitchen floor. Will's punishment.)”って書いてあるの。罰って本当にえぐいなと思う。でもハンニバルがミーシャのためにウィルの中に作った場所は、アビゲイルの場所になったのかなあと思っています。何となく。
そして祭壇の前に1人で座りこむウィルをストーキングするハンニバルさん。十二使徒の壁画に溶け込むように立ってる。このときハンニバルが背にしてた使徒は誰なんでしょう。ユダじゃないよね。

 

***

ここでボッティチェリプリマヴェーラも出てきたので、ダンテ絡みを一旦まとめ。
考察ではなく一時的な資料の整理です(S3の文化・芸術論がとにかく苦手で苦手で、手探り具合がS2の比でない)。
まずS3E1でソリアート教授に挑発されたハンニバルがそらんじてみせたのは詩集『新生』の第3章。

〈愛〉の神はいかにも嬉しげに、右手にわたしの心臓を持ち、
両腕に君を抱いていました。わずかに布を身にまとって
あえかな君は寝ていました。

そっと呼び覚ますと、〈愛〉の神は燃え熾る心臓をおびえる君に食べさせ、
君が食べ終えると、君を抱いて泣きながら去りました、
〈愛〉の神アモーレは悄然と涙ながらに去りました。

「わたし」はダンテ、「君」はベアトリーチェ。ダンテは9歳の頃に出会ったベアトリーチェを忘れられず、18歳で再会し会釈されたことで恋に(一方的に)落ちるものの、その後ベアトリーチェは夭逝。ベアトリーチェへの賛美と喪失の悲しみ、彼がみた夢などを時系列で歌ったソネットをまとめたのが『新生』です。
ハンニバルが詠った部分の前半はダンテがベアトリーチェに再会した瞬間を、後半は彼女の死の予感を詠ってる。
ではここでいう「〈愛〉の神アモーレ」とは何か。
〈愛〉の神が近付いてきた様子について、第二十四章ではこう詠われています。

いまでもその声が脳裡にひびく――〈愛〉の神が
ぼくに言った、「前の方はプリマヴェーラ(〈春〉の女神)、
後の方は〈愛〉の神、私によく似ておいでだろう」

プリマヴェーラ(春の女神)」はダンテの親友が恋している女性の呼び名、「アモーレ(〈愛〉の神)」がベアトリーチェの呼び名。「〈愛〉の神」が囁くように、ベアトリーチェと「〈愛〉の神」はとてもよく似ている。

ハンニバルは自分をダンテに、ウィル・グレアムをベアトリーチェに、そしておそらく〈愛〉の神に準えてる。(ただ、神曲となるとウィルがダンテ、ハンニバルはむしろウェルギリウスなのではという気もする...。のでここはペンディング

ボッティチェリが「プリマヴェーラ」を描いたのは、ダンテの時代よりずっと後。一説によれば、「プリマヴェーラ」はダンテの『神曲』のエデンの園を視覚化したものといわれてる(Lindskoog, 1997)。この説によるとボッティチェリの「プリマヴェーラ」に描かれているキャラクタは左からアダム、神学的徳、ベアトリーチェマティルダ、イヴ、サタン。ハンニバルが死体で再現したのは右端のイヴとサタンだけ。若き日のハンニバルは肝心のベアトリーチェを作らなかった。これはどういうことなのか?

そしておまけ、ハンニバルにとってのベデリアさんの位置づけはたぶん『新生』の第五章で描かれる「donna dello schermo(隠れ蓑の女性)」。

「まあ見て御覧。あの人のせいで この殿方はこんなに窶れてしまったのよ」
そういってその女性の名前を口にした。ベアトリーチェとわたしの眼を結ぶ直線の真ん中にいた女性の名前である。それを聞いてわたしはほっと安堵した。世間がそう思うなら、その日のわたしの目つきで心の秘密が外に洩れたという心配はなかったからである。さらに真相を秘匿するためにこの女性をわたしの恋の被、いわば隠れ蓑にしようと思い立った。