Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E13: Mizumono 無意識に埋め込まれた愛するもののイメージだ

ウィルとハンニバルの最後の晩餐。ここでハンニバルがウィルのために作った料理は『FEEDING HANNIBAL』のp.124に載ってるんですけど、“Praying Hands Lamb”って書いてあるのね。ハンニバルはわざわざ肉屋に子羊のあばら骨を残させて、「祈る手」を表現したかったんだ。こんなん泣くわ;;
青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

HANNIBAL: Do you know what an imago is, Will?
ハンニバル:ウィル、イマーゴが何か知っている?
WILL: It's a flying insect.
ウィル:飛び回る羽虫のことでしょう
HANNIBAL: It's the final stage of a transformation. Maturity.
ハンニバル:変容の最終段階でもある。成熟だ
WILL: When you become who you will be?
ウィル:そうなったとき、あなたは誰になる?
HANNIBAL: It's also a term from the dead religion of psychoanalysis. An imago is an image of a loved one buried in the unconscious, carried with us all our lives.
ハンニバル:イマーゴは精神分析において過去の遺物となった宗派の用語でもある。イマーゴは私たちが生涯にわたって抱き続けるもの、無意識に埋め込まれた愛するもののイメージだ
WILL: An ideal.
ウィル:理想(イデア)ですか
HANNIBAL: The concept of an ideal... always searching for an objective reality to match. I have a concept of you, just as you have a concept of me.
ハンニバルイデアの概念は...客観的実在に合致するものをつねに探し求めるものだ。きみが私のイデアを持つように、私もきみのイデアを持っている
WILL: Neither of us ideal.
ウィル:僕たちは互いにイデアじゃない
- Hannibal considers that; there was a brief moment that he believed the ideal before he smelled betrayal.
 ト書き:ハンニバルは考える;自分が裏切りを嗅ぎつけてしまう前、確かに彼がイデアだと信じられた短い瞬間があったのだと
HANNIBAL: Both of us are too curious about too many things for any ideals. Is it ideal that Jack die?
ハンニバル:私たちは2人ともあまりの多くのことに理想を求めすぎている。ジャックの死はイデアだろうか?
- Will hesitates almost imperceptibly.
 ト書き:ウィル、わずかに躊躇する
WILL: It's necessary. What happens to Jack has been preordained.
ウィル:必然です。ジャックに起こることは予め運命づけられていた
HANNIBAL: We could disappear now. Tonight. Feed your dogs, leave a note for Dr. Alana and never see her or Jack again. Almost polite.
ハンニバル:もう姿を消そう。今夜のうちに。きみの犬たちに餌をやり、アラーナ博士に書き置きを残し、彼女にもジャックにも二度と会わない。それで礼儀は尽くせる
WILL: Then this would be our last supper.
ウィル:それならこれが僕たちの最後の晩餐ですね
HANNIBAL: Of this life. We'll serve lamb.
ハンニバル:この人生のね。最後の晩餐のための子羊だ
WILL: Sacrificial? Lamb of God who takes away the sins of the world.
ウィル:生贄として?世の罪を除きたまう神の子羊
HANNIBAL: I freely claim my sin. I don't need a sacrifice. Do you?
ハンニバル自分の罪は自分で負う。私に生贄は必要ない。きみは?
WILL: I need him to know. If I confessed to Jack Crawford right now..., you think he would forgive me?
ウィル:僕は彼に知ってほしい。もし僕が今ジャック・クロフォードに告白したら...彼は僕を許すと思う?
HANNIBAL: I would forgive you. If Jack were to tell you all is forgiven, Will, would you accept his forgiveness?
ハンニバル:私はきみを許すだろう。もしジャックがきみにすべて許されると言ったら、ウィル、きみは彼の許しを甘受する?
WILL: Jack isn't offering forgiveness. He wants justice. He wants to see you, see who you are. See who I've become. He wants the truth.
ウィル:ジャックは許しはしないよ。彼が求めるのは裁きだ。あなたに会って、あなたが何者かを知りたがってる。そして僕が何者になってしまったのかを。彼が求めているのは真実だ
HANNIBAL: To the truth, then. And all its consequences.
ハンニバル:それなら真実に乾杯だね。真実から導かれる帰結にも
- STAY ON HANNIBAL, tears threatening to brim in his eyes.
 ト書き:カメラ、ハンニバルで静止:彼の両目から涙がこぼれ落ちそうになる

このシーンのハンニバルはほんとにずっと泣きそうってか泣いてる。私こんな悲しい殺人鬼みたことないや。ウィルはなぜ一緒に姿を消してやらなかったのか、せめて殺してやらなかったのか...(悶々)

ちょっとつらすぎるので考察に逃げますけど、えっとそうそうイマーゴだ。イマーゴは大昔にユングが言い出した用語だけど、「過去の遺物となった宗派の用語」とまで苛烈にハンニバルが名指すのであれば、彼はジャック・ラカンであるはずです(ラカンが誰かという話はひとまず措いておいて)。
ハンニバルはS2において、幼少期をフランクル、青年期をフロム、現在をラカンとして生きてきたことが明かされる(フランクル、フロムは過去記事に書いた通り)。私の知る限り、精神分析というものの中心に「愛」を据えた思想家はフランクル、フロム、ラカンの3人です。彼らはフロイトユングの流れを汲みながら、愛を性的欲動=リビドーの一側面としてしか捉えなかった古い精神分析を批判した人たち。
ラカンにとって「愛とは自分の持っていないものを与えること」。「愛するということは、あなたの欠如を認めて、それを他者に与える、他者のなかにその欠如を置く」ということ。すなわち「愛するためには、あなたは自分の欠如を認め、あなたが他者を必要とすることに気づかなければなりません。あなたはその彼なり彼女なりがいなくて淋しいのです」。「己が完璧だと思ったり、そうなりたいと思っているような人たちは愛し方を知りません。そしてときには、彼らはこのことを痛みをもって確かめます。彼らは操作し、糸を引っ張ります。けれども彼らが知っている愛は、危険も悦びもありません」。私はこれハンニバルの変化そのまんまだと思うんですけど、違うかな。
ラカンによる愛の定義「愛とは自分の持っていないものを与えること」に、哲学者のジジェクはこう付け加える。「それを欲していない人に」。愛の告白に対して結局は肯定的な答えを返すのだとしても、それに先立つ最初の反応は「何か猥褻で闖入的なものが押しつけられた」という感覚である、と。そして「情熱は定義からしてその対象を傷つける」。「相手が情熱の対象の位置を占めることに徐々に同意したとしても、畏怖と驚きを経ずして同意することは絶対にできない」。S2のウィルはこの段階で終わってるんだと思うの。
そして一番大事なことは、ラカンが「愛の中には偶然が必然に変わる瞬間が含まれている」といい、自己の運命を掴みなおさなければならない状況に立ち至ったとき、愛という名のもとに自己と世界との関係の中に必然性を導入せざるを得ない、と説く哲学者であること。ハンニバルにとって「偶然を必然に変える」ことが生きるために必要だったように。そしてハンニバルがウィルを選んだことが偶然ではなく必然になったとき、そこには「愛」と呼ぶべきものしか存在しなかったように。
S2で引きたかった補助線はフランクル、フロム、ラカンの3本なんですが、...ただこれ、特にハンニバルラカンだという話をガチで論理展開するには論文の形式を、読んでくれるひとにわかってもらうためには物語の形式をとらなきゃいけないので、ここではいったん逃げます...。どうやっても無理だわ。S3まで終わったらそこでどうするか考えよう...。黒い牡鹿も紡がれた金も、心の鏡も現実界象徴界も、これまでわからなかったこと全部を。