Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E11: Ko No Mono あれは求愛よ

今回はウィルとハンニバルがほぼ言葉を交わしていません!でもS2ではこの一連のシーンがいちばん興奮したかもしれない(S2E13は悲しくてやりきれなくてそれどこじゃない)。まずは燃やされた死体の検証で、ハンニバルを騙すためにひと芝居うってるウィルとFBI鑑識の面々。
青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

ZELLER: Cut out her psoas muscles. Looks like he used a hunting knife.
ゼラー:腰筋を切り取ってる。犯人はハンティングナイフを使ったみたいだね
HANNIBAL: A peculiar trophy.
ハンニバル:奇妙なトロフィーだ
- Hannibal glances innocently at Will who averts his eyes.
 ト書き:ハンニバル、目線をそらすウィルをそ知らぬ顔で一瞥する
JACK: Why did he burn her?
ジャック:なぜ死体を焼いた?
ZELLER: How many people has Freddie Lounds burned in her career?
ゼラー:フレディ・ラウンズはいったい何人のキャリアを炎上させてきました?
HANNIBAL: Whoever did this was not striking out against Miss Lounds's exploitative brand of journalism. This is something else. This is something sacred.
ハンニバル:この犯人はラウンズ嬢のジャーナリズムに「搾取的」と焼き印を捺したかったわけではないよ。これはもっと別のもの、神聖な何かだ
WILL: Freddie Lounds had to burn. She was fuel. Fire destroys, creates. It's mythical. She won't rise from the ashes, but her killer will.
ウィル:フレディ・ラウンズは焼かれるべきだった。彼女は燃料だ。神話では火は破壊し、創造するもの。彼女が灰から蘇ることはないが、彼女を殺した犯人は蘇る
HANNIBAL: He's the one to be noticed now.
ハンニバル:今や彼が注目されるべき人物だ
- OFF Jack Crawford studying Will and Hannibal...
 ト書き:ウィルとハンニバルを観察するジャックで暗転

このくだりは以前ハンニバルが言った「悪は単なる破壊ではない」、「血と呼吸はウィルが輝きを増すための要素に過ぎない、光の素が燃焼であるように」という言葉にウィルが呼応し、死体を破壊して燃やした。という解釈でいいのかな。あと実際の映像ではやってないんですが、目を逸らすウィルとそれをチラ見するハンニバルが秘密っぽくていい感じです。

そしてウィルがこのシーンで言った「神話では火は破壊し、創造する」へのハンニバルの返答がシヴァ像です。長いので前半は略そうね。でもこれ、ハンニバルはどうやってモルグから遺体を盗み出したんだろう?

JACK: This killer is trying to get somebody's attention.
ジャック:この殺人犯は誰かの注意を引こうとしている
ALANA: I don't think he wants to be found. He has direction. His chaos is getting more orderly.
アラーナ:彼は見つけてほしいわけじゃないわ。彼には指向性がある。彼の混沌には秩序が生まれはじめてる
JACK: First he burns effigies, then he assembles them.
ジャック:はじめに作品を燃やし、次に組み立てた
ALANA: Burning Freddie Lounds wasn't his first effigy. Whoever killed Freddie killed Randall Tier. Mutilated him, dismembered him, put him on display.
アラーナ:燃えたフレディ・ラウンズは彼の最初の作品じゃない。フレディを殺した犯人がランドールを殺した。彼を切断し、解体し、展示した
JACK: What connection do Freddie Lounds and Randall Tier have?
ジャック:ラウンズとランドールの接点は何だ?
ALANA: Will Graham. Randall Tier was his suspect and Hannibal's patient.
アラーナ:ウィル・グレアム。ランドールの容疑者が彼で、どちらもハンニバルの患者だから
- Will reacts to this and crosses to Jack and Alana.
 ト書き:ウィル、反応してジャックとアラーナに近づく
ALANA: Freddie was investigating his murder when she died.
アラーナ:フレディは死ぬ前、ランドール殺害事件を調べてた
WILL: Freddie was investigating a lot of things when she died.
ウィル:フレディは死ぬ前にたくさんの事件を調べていたよ
ALANA: This is a psychopath who has incubated fantasies of killing and is translating them into action. He's building himself up. Or somebody's building him up.
アラーナ:これは殺人の妄想を具現化し、行動に移したサイコパスよ。彼は自我を確立しつつある。あるいは誰かが彼に自我を確立させようとしてる
WILL: He could have a benefactor who admires his destruction. Hindus believe that destruction leads to new life. Shiva is destroyer and benefactor.
ウィル:犯人には彼の破壊行為を称賛する恩人がいるはずだ。ヒンドゥー教では破壊は新たな命を生むと信じられてる。シヴァは破壊神であり、恩寵を与える神だ
ALANA: He's being guided.
アラーナ:犯人は先導されてる
JACK: This is a signpost?
ジャック:これは道案内ということか?
ALANA: Maybe Freddie's killer didn't do this. Maybe his benefactor did.
アラーナ:フレディを殺した犯人がシヴァを作ったんじゃない。彼の恩人がやったんだわ
JACK: Why?
ジャック:なぜ?
- ON ALANA dawning realization.
 ト書き:アラーナ、ようやく真実に気づく
ALANA: It's a courtship.
アラーナ:あれは求愛よ
- Alana watches Will intently now, determined.
 ト書き:アラーナ、今や確信をもってウィルを凝視している

アラーナがやっと覚醒したよ!しかも「自分と付き合ってるはずの男が目の前の男に熱烈に求愛してる」という、これ以上ない残酷な気づき方で...。前に先走って書きましたが、courtshipに求婚・求愛行動以外の意味はないと思う。恩人(=ハンニバル)が犯人(=ウィル)に求愛してる、これは読み間違えようがない。これ公式でドえらいこと言ってない?冷静でいられる要素ゼロじゃない??

ただよくわからないのが、アラーナはなぜ焼死体で作った東洋の神像をみて「あれは求愛よ」と言いきれたのか?という点です。ウィルがハンニバルの、ハンニバルがウィルの思惑や意図をお互いに読みとり、答え合わせをしあってるのはわかる。でもアラーナはハンニバルによって情報が遮断されてるうえ、ウィルと断絶してるので2人の間の事情は知りようがない。ということは、アラーナは主に「シヴァ像」から真実に気づいたことになります。

※ここからアレな話がえんえん続くので苦手な方はどうか回避ください...。

いきなりシモくて恐縮ですが、シヴァ神とはふつうに男性器(ファルス)のことです。民間のヒンドゥー教、特にインドでは。シヴァ信仰はリンガ信仰(シヴァ・リンガ)というのですが、リンガは男性器を意味するサンスクリット。シヴァ・リンガはたいてい屹立した棒のかたちをして、インドの寺院によく祀られてます。日本の道祖神とか五穀豊穣の祭りはこの流れ。民間のシヴァ信仰はすなわち男根崇拝、ファルス信仰なんです。うん。塙さんは学部時代に各地の性器崇拝を見て回ったスキモノなので、あの流れでシヴァ像が出てきて度肝ぬかれました。こんなあからさまな求愛行動があるだろうか。

ただ、前提としてアラーナは「破壊と創造」というウィルの前フリを知らず、ハンニバルほど東洋的な宗教知識はないかも?とも思う。アラーナはあくまでも精神分析/心理学の専門家なので、西欧の精神分析/心理学の文脈でシヴァを捉えたはずです。たぶん。で、調べてみたらこれがそう遠くもなかった。今回初めて知ったんですが、一部の心理学は東洋哲学にすごく近いんですね。アラーナがシヴァ像⇒リンガ=ファルスの意味を知らない、というのはちょっと考えにくい。

そういえば余談だけど、分析心理学の祖・ユングの自伝には、幼少期に見た夢のリンガ=ファルス=「地下の神」について書かれています。

…突然私は地面に、…石の階段が下に通じているのをみたのである。ためらいながらそしてこわごわ、私は下りていった。…台の上にはすばらしく見事な黄金の玉座があった。…何かがその上に立っていて、はじめ、私は4~5メートルの高さで、約50~60センチメートルの太さの木の幹かと思った。とてつもなく大きくて、天井に届かんばかりだった。けれども奇妙な構造をしていた。それは、皮と裸の肉でできていて、てっぺんには顔も髪もないまんまるの頭に似たなにかがあり、頭のてっぺんには目がひとつあって、じっと動かずにまっすぐ上を見つめていた。…その時、外から私の上に母の声がきこえた。母は「そう、よく見てごらん、あれが人喰いですよ」と叫んだ。それが私の怖れをさらにいちだんと強めた。…ずっと後になってやっと、私があの時みたのはファルロスだったことがわかった。

精神分析/心理学の博士がユングを読んでないわけがないので、アラーナはおそらく像に込められた性的な暗喩を汲み取ったうえで、ウィルが犯人で、ハンニバルが先導し恩寵を与える者だと気づいて「あれは求愛よ」と言ってる。

ただ、ここまではアラーナの目線であってハンニバルの目線ではありません。ハンニバルはシヴァを作ることで性的に成熟したウィルに性器を突きつけたけど、彼の意図はそれだけではない。このシーンの前にハンニバルは「ティーカップを割って元に戻らないのが納得できない」と言い、シヴァ像を作った。次のシーンでは「時間が逆行し、カップが元通りになったらアビゲイルが君のもとに戻るかも」と話す2人の間に、巨大なシヴァ像(+ウェンディゴ)がそびえている。シヴァが作られたことで2人の時間は巻き戻る。なぜならシヴァ神は「時間を超越する者/時間を創出する者=マハーカーラ」でもあるからです。そして同時に、2人は互いに融合する。シヴァ神は「世界の根源的なアートマン(自我)」だからです。...さあ本格的にめんどくさくなってきたぞ!ていうかこのドラマ作った人たちほんとうに正気かな?

わかりやすく書ける気がぜんぜんしないけど、とりあえず次も読んでくださる方を置き去りにしかねない話が続きます...。あ、あと専門の方は殴らないでね;;