Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E10: Naka-choku ウィル・グレアムはレズビアンではないね

S2E10の映像化されなかったシーン3つめ。あのポリガミーなおせっせシーンの直後、マーゴとハンニバルのセラピーにて。
(※青字スクリプトにしかないセリフです)

MARGOT: I had sex with one of your patients. Will Graham. How does that make you feel?
マーゴ:あなたの患者、ウィル・グレアムとセックスしたわ。どんな気持ち?
HANNIBAL: Curious. (off her look) Will Graham is not a lesbian.
ハンニバル:興味深い。ウィル・グレアムはレズビアンではないね
MARGOT: He sure made a go at it.
マーゴ:そうね、彼確かにイったもの
- Hannibal smells the air, processing what he breathes in.
 ト書き:ハンニバル、空気の匂いを嗅ぎ吸い込んだ成分を解析する
HANNIBAL: Was Will aware of your intention to get pregnant, Margot?
ハンニバル:マーゴ、ウィルは妊娠という君の意図に気づいていたのかな?
MARGOT: Wasn't it your intention for me to get pregnant, Dr. Lecter?
マーゴ:私の妊娠はあなたの意図ではなかった?
HANNIBAL: Your life's been threatened. We experience a greater desire to have children when reminded of death.
ハンニバル:君の人生は常に脅かされてきた。人は死を思うとき、子を持ちたいという強い欲求を持つ
MARGOT: The more we think about dying, the more we focus on what matters?
マーゴ:人は死について思うほど、大切なものに集中する?
HANNIBAL: What matters to you, Margot? After you fought your brother so long.
ハンニバル:長きにわたるお兄さんとの闘いの後で、君にとって重要なものは?
MARGOT: You may not believe this, but it's not just the money. Well, it is a little bit, but I do want a child. It would be nice to have some small part of me get away from him.
マーゴ:あなたは信じないかもしれないけど、お金だけじゃない。いえ、もちろん少しはお金のこともあるわ。でも子どもがほしいのは本当。兄から逃れた私に小さな自分がいれば素敵だと思う
- Hannibal looks at Margot in a new light, curious.
 ト書き:ハンニバル、マーゴを好奇心の観点から見直す
HANNIBAL: Much of what men do can be attributed to a desperate need to immortalize themselves. Women, however, can take a more direct route and create new life.
ハンニバル:男が行うことの多くは自身を不死にしようとする絶望的な欲求に帰結する。だが女性は自ら新たな命を創造するという最短ルートをとることができる
MARGOT: It's one way to have a legacy.
マーゴ:それが遺産を得る唯一の方法だから
HANNIBAL: It's one way to get what you need. You require an heir, Margot. If you were to have a boy...
ハンニバル:君が必要とするものを得られる唯一の方法だ。マーゴ、君は相続人を必要としている。もし男の子ができれば...
MARGOT: I would find a way to kill Mason and take everything back.
マーゴ:メイソンを殺し、すべてを取り戻す方法が見つかる
HANNIBAL: I know you would, I like that about you. You're much more interesting, more capable than your brother. Professionally, this is the sort of catharsis I have to recommend.
ハンニバル:できるよ、君のそういうところは好ましい。君はお兄さんよりよほど興味深くて有能だ。専門的観点から言うと、これは推奨すべきある種のカタルシス治療だよ

マーゴちゃんんんん!!?まさかハンニバルにこんな剛速球投げてたとは思わなかったよ!なにこの背徳感。マーゴはベデリアさんやギデオンほどこの世界を俯瞰してないけど、ハンニバルのパターンとウィルの脇の甘さを早々に見抜いたあたりすごく賢くて、ハンニバルの興味の対象になってしまうのも頷ける。ちなみに原作マーゴは筋肉質のバリタチビアン設定なんですよね。しかしハンニバルは妊娠も嗅ぎわけるのか...。
そしてここに至ってウィルだけがハンニバル⇔アラーナの関係を知る段階から、ハンニバルもウィル⇔マーゴの関係を知る段階になる。実際のドラマ映像ではS2E11で2人同時にマーゴの妊娠を知るのですが、ハンニバルがその事実を知る地点がもっと手前の「ここ」だったなら、モヤってたいろいろなことが腑に落ちます。
ちょっと先走ってしまいますが、S2E11で2人が酒漬け幼鳥ローストを食べるとき、ハンニバルは「通過儀礼(rite of passage)だ」という。成人前の少年に同じ共同体の年長男性が課すアレですね。ドラマの流れでは次にマーゴの妊娠発覚がきて、その後ハンニバルがラウンズのニセ遺体でシヴァ神を作る。シヴァ像をみたアラーナは「これは(ハンニバルからウィルへの)求愛だ」と言う。求愛(courtship)はそのまんま、人間なら求婚だし動物なら求愛行動です。ほかに訳しようがない。ハンニバルはウィルに求め続けてきた友情も、いま構築してる擬似親子の関係も崩して次の段階にいこうとしてる。ハンニバルがアプローチの仕方を急に変えたのは、まさにこのマーゴちゃんの爆弾発言がきっかけなんじゃないか、と思いはじめました今。
生々しいうえ突飛な話が続いてたいへん恐縮ですが、同情以外に愛も恋も介在しないマーゴとの性交/妊娠は、ウィルの性的な成熟しか意味しない。これはS1でハンニバルがウィル→アラーナの淡い恋を知ったときとは意味が異なります。ウィルとハンニバルの実年齢の設定を知らないのですが、ウィルは第1章(S2E8)まで徹底的に無性化されている。アラーナへのそれが性欲として描写されたことはなかったし、FBIの調査協力でも異常性欲が絡む事件には一切関わってこなかった(猟奇殺人に性的動機がないほうが珍しいのに)。30代?のはずのウィルは不自然なほど少年じみた存在、去勢された存在として描かれています。実際にどうかではなく、あくまでドラマの表象として。...ということはハンニバルにも「そう」見えていたはずです。だから思わぬ方向からウィルの成熟を知らされたハンニバルは友情と親子関係を捨てて、ウィルに通過儀礼を課して(=ひな鳥を喰わせ)、自ら求愛する(=シヴァを作る)。他のだれかと番われてアビゲイル以外の子を作られては困るから。...という思いつきの仮説なんだけど、ほかの箇所と整合性とれるのかなこれ。湧きあがる不安。あ、シヴァを作る意味はできればS2E11で詳しめにやりたいです...。

ウィル/ハンニバル/アラーナの晩餐会は字幕通りなので対訳しませんが、ただこのシーンの意味だけ押さえておくと、初見で私が勘違いしたみたいにアラーナ v.s.ウィルでキャットファイトしてたんじゃなくて、むしろウィルはラウンズとアラーナをハンニバルから守りたくて必死だったんですね。ごめんよウィル...。真相に気づいた人間はもれなくハンニバルに殺されてしまうから、これ以上誰も死なせたくないウィルは何とかこのまま犠牲者を増やさずハンニバルを逮捕したい。でもアラーナはハンニバルの前でラウンズが2人の関係性と殺人を疑ってると口にしてしまった。これはハンニバルに「ラウンズを殺せ」と言ったに等しくて、だからウィルは不機嫌で苛立ってる。実際この時点でハンニバルはラウンズを殺す気になってるので、ウィルは何とかハンニバルより先回りしてラウンズ殺害を偽装しなくてはならなくなった。...という流れから、ラウンズの宿泊先でキルスーツで待ちぼうけくらった博士になるわけです(これ1回観ただけで意味わかります?私ぜんっぜんわかってなかったよ!)
で、また先走りますがアラーナはS2E11で徐々に真実に気づいていき、ジャックを問いただし匿われたラウンズと対面して衝撃を受けます。映像を観てたときは愛した男が殺人鬼とわかってショック受けたのかな?と思ったけど、全然違った。スクリプトのト書きにはこう書かれています。「彼女を打ちのめした事実の重さを知り、両目に涙があふれる。彼女はウィル・グレアムを恐ろしい危険に晒し続けてきたのだ」。つまりアラーナは自らウィルを殺人鬼に引き合わせ、セラピーを頼み、さらに危険の最前線=ハンニバルの隣に留め置いて自分は守られてきたことに気づいてしまう。これはもう生き地獄です。だからS3の彼女は殺したいほど憎くて恐ろしいハンニバルを野に放つことになってでも、ウィルの命をハンニバルに救わせたんですね。