Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E10: Naka-choku あなた以外に行く場所なんかない

S2E10はほぼ全シーン濃密で捨て所なく、しかも映像化されてない台詞が多い修羅の道。ここからS2E13ラストまでが39話通していちばん負荷がでかいと思います...。ぼちぼちやっていこう、ぼちぼち。とりあえずは前回の続き、ランドールの死体をハンニバル宅に持ってきたウィルと、治療するハンニバル
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

- Hannibal is facing Will across the dining table. RANDALL TIER'S CORPSE Lies across the table. His head lolling at an unnatural angle. A piece of paper is pinned to his chest. On it is written: "Return to Sender." Finally Will steps out of the shadows:
 ト書き:ハンニバル、ダイニングテーブル越しにウィルと対峙する。ランドールの遺体はテーブル上に横たわり、彼の頭は不自然な角度でだらりと垂れている。胸にピン留めされた紙切れには「送り主に返送する」と書かれている。ウィル、ようやく暗闇から姿を現す
WILL: I'd say this makes us even. I sent someone to kill you... you sent someone to kill me. Even-steven.
ウィル:これで僕たちはイーブンになった。僕はあなたを殺すために人を差し向けた。あなたは僕を殺すために人を差し向けた。五分と五分だ
HANNIBAL: Consider it an act of reciprocity. One positive action begets another.
ハンニバル:相互応報的動機に基づく行動と考えなさい。好意的な行動は相手の好意的な行動を引き出す *1
WILL: Polite society normally puts such a taboo on taking a life.
ウィル:儀礼的社会はふつう殺人を禁じるものですよ
HANNIBAL: Without death, we'd be at a loss. It's the prospect of death that drives us to greatness. Did you kill him with your hands?
ハンニバル:死がなくては私たちは途方に暮れてしまうよ。人を高みに押し上げるのは死への展望だ。彼を両手で殺した?
- Will holds up his bloody, bruised knuckles.
 ト書き:ウィル、血まみれで傷ついた拳をかざす
WILL: It was... intimate.
ウィル:あれは一体感だった *2
HANNIBAL: It deserves intimacy. You were Randall Tier's final enemy.
ハンニバル:両手で殺したなら一体感と言っていい。きみはランドールの最後の敵になった

- EXTREME CLOSE ON A PORCELAIN PAN It's filled with warm water and Epsom salts. Will's bloody, bruised hands are submerged, tinging the water pink. ON WILL AND HANNIBAL; They sit at one end of the dining room table, Randall Tier's body still splayed across it. Hannibal removes Will's hands from the Epsom salts bath, drying them. Will stares absently as Hannibal treats his wounds. Hannibal clocks the retreat.
 ト書き:陶器に温水と硫酸マグネシウムが満たされている。ウィルの血まみれの傷ついた手が水をピンクに染めながら沈んでいく。ウィルとハンニバルはダイニングルームのテーブルの端に座り、ランドールの遺体はまだテーブル上にある。ハンニバル硫酸マグネシウム溶液からウィルの手を掬い上げ、水分を拭きとる。ウィルは傷の手当てをするハンニバルをぼんやり眺めている。ハンニバル、ウィルが沈潜する時間を計っている
HANNIBAL: Don't go inside, Will. You'll want to retreat. You'll want it as we want to jump from balconies, as the glint of the rails tempts us when we hear the approaching train.
ハンニバル:ウィル、自分の中に逃げ込むな。撤退したくなるから。バルコニーから飛び降りたくなるように、電車が近づく音を聞くとレールの輝きに誘惑されるように
- Hannibal applies salve to the cuts and bruises on Will's hands, gently rubbing the ointment into his open wounds.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの両手のすり傷と打撲に軟膏を塗り、開いた傷口に軟膏剤を優しく擦りこむ
HANNIBAL: Stay with me.
ハンニバル:私といなさい
- Hannibal carefully wraps gauze bandages around Will's hands.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの両手をガーゼの包帯で丁寧にくるむ
WILL: Where else would I go?
ウィル:あなた以外に行く場所なんかない
HANNIBAL: You have everywhere to go. As long as you buttress your mind against deterring forces like guilt. You should be quite pleased. I am.
ハンニバル:きみはどこへでも行ける。沸き起こる罪悪感を阻むための心を強くもってさえいれば。きみは喜ぶべきなんだよ。私は喜んでいる
- Will stares at Randall Tier's body on the table before him.
 ト書き:ウィル、目の前のランドールの遺体をじっと見る
WILL: Of course you are.
ウィル:あなたはそうでしょうね
HANNIBAL: When you killed Randall, did you fantasize you were killing me?
ハンニバル:ランドールを殺したとき、私を殺すことを想像した?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
- That makes Hannibal smile.
 ト書き:その答えにハンニバルは微笑する
HANNIBAL: Most of what we do, most of what we believe, is motivated by death.
ハンニバル:私たちの行動、信念の多くは死によって動機付けられている
WILL: I don't think I've ever felt more alive than when I was killing him. I've never felt as alive as I did when I was killing him.
ウィル:彼を殺したときよりも自分が生きてると感じたことはないと思う。彼を殺したとき、初めて自分が生きてると感じた
HANNIBAL: Then you owe Randall Tier a debt. How will you repay him?
ハンニバル:それならランドールに借りができたね。どうやって借りを返す?

とても淫靡です。ありがとうございました。
あ、あともしかしてハンニバルはウィルに殺されたいんです?なんか嘘をつかなくなってから博士はずっと殺してほしそうなんだけど、この段階で「一緒に生きる・逃げる(不可能)>殺される(理想)>捕まる(裏切り絶許)」って感じじゃない?ウィルがどこにも行けないことはこの時点でハンニバル諦めてそうじゃない...?

次、記念碑になったランドールの見立てのシーン。

WILL: Don't mistake empathy for understanding, Jack. NO, if there's anything, it's... it's envy.
ウィル:理解と共感を間違えないで、ジャック。違う、もし何かあるとしたらそれは羨望だ
JACK: Envy?
ジャック:羨望?
WILL: Randall Tier came into his own much easier than whoever killed him.
ウィル:ランドールは彼を殺した犯人よりもずっと簡単に自分の理想を具現化した
HANNIBAL: This is a fledgling killer. He's never killed before, not like this.
ハンニバル:この殺人犯は巣立ちしたばかりのひな鳥だ。彼はこんなやり方で人を殺したことはなかった
WILL: Not like this, No. This is the nightmare that followed him out of his dreams.
ウィル:そう、こんなやり方では。これは夢の中から犯人を追ってきた悪夢なんだ
- OFF Hannibal inscrutably fascinated with his subject --
 ト書き:謎めいた表情で彼の被験者に陶酔するハンニバルで暗転

たぶんS2E10の裏テーマは「羨望」なんですね。ウィルができないことを葛藤なく簡単に成し遂げてしまう人たちへの。つまりランドールへの羨望、ハンニバルへの羨望、そしてアラーナへの羨望、です。
あと特筆すべきは最後のト書き。ハンニバルは彼の被験者(=ウィル)に魅了されてうっとりしている。彼はウィルがどんな思いでこの狂気の作品を作り上げたかこの現場を見るまで知らなかったから。ウィルは悪夢を現実にしたのだと知って、その姿に魅了されている。たぶん次の更新で出てくるんですけど、ランドールを獣にしたのはウィルの単独行動です。初見ではハンニバルが手助けして一緒にやったと思ってたからびっくりした。S2E10のハンニバルは本当に幸せの絶頂すぎて、あの雨の夜を思うと吐きそうなくらいしんどい。

*1:Reciprocityは心理経済学のことばで、相互応報的行動原理、あるいは好意・悪意の返報性。たとえ合理的でなくても、好意的な反応には思わず好意的な反応を返しちゃうよねっていう心の動きのこと(このドラマのブレーンには心理経済学ベースの人間が入ってる?ベデリアさんも以前心理経済学の合理性の話してたような)。だから字幕の「互いのためにしたことだ」はかなり意味が違ってきます。ハンニバルはともかく、ウィルがハンニバルのためにハンニバルを殺すのはありえない。ここでハンニバルが言ってることは強烈な皮肉で、ウィルは五分五分だと主張するけど心理学的にはきみの好意に好意で返しただけだよ、ってこと。ハンニバルがまだまだ上位です。S2E10はひな鳥、巣立ちといった言葉がよく出てくるのですが、2人の保護者-被保護者な歪な関係性はこのあたりがいちばん顕著かもしれない。

*2:うーん、前々回intimacyの訳で「銃は親密さに欠ける」って訳したけどあれ違うな...。たぶん一体感もちょっと違う。字幕は「実感」だけどこれも違う。うまく訳せないけど、やっぱり性欲寄りの意味なんじゃないかなと思います。本能的な、体と体を直接ぶつけて交わる、交合という意味での暴力性のintimacy。