Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E5: Mukozuke 命が尊いから

マシュー関連はスクリプトと映像がけっこう違う、というか削られまくってます。いよいよ見にくいので試しに削られたセリフ・ト書きを青字表記にしてみよう。

MATTHEW: Would you like a book, Mr.Graham?
マシュー:ミスタ・グレアム、本はいらない?
WILL: I have my imagination.
ウィル:想像するから大丈夫だ
MATTHEW: We have the most sophisticated virtual reality system known to man right between our ears.
マシュー:俺たちは両耳のちょうど真ん中に最高に洗練された仮想現実システムを持ってるからな
WILL: How much longer are they going to be inspecting my cell?
ウィル:僕の独房の点検はどれくらいかかりそう?
MATTHEW: It's a routine inspection. Shouldn't be much longer.
マシュー:日常点検だ。そう長くはかからない
- Will drifts back to his imagination. A moment, then:
 ト書き:ウィル、ゆっくり想像に戻ってゆく。しばらくして
MATTHEW: I read your TattleCrime interview. You're a very articulate man. I agreed with a lot of what you said. You're right. People don't understand much about me. Or you. At least we understand each other.
マシュー:タトルクライムのインタビューを読んだ。あなたは実にはっきりものを言う人だ。あの発言には大いに同意するよ。あなたは正しい。誰も俺のことを理解してない、あなたのことも。でも少なくとも俺たち2人は互いに理解しあえる
- ON WILL as he absorbs this. Matthew comes closer, quieter, leaning on the bars of the cage as he speaks:
 ト書き:事態を把握するウィル。マシューは喋りながら静かに近づき、ケージのバーに寄りかかる
MATTHEW: There's something we don't have. Or maybe we just evolved not to need. Like losing the vestigial tail or being born without an appendix.
マシュー:俺たちには何かが欠けてる。あるいは必要じゃないから退化しただけかも。尾骨や虫垂がなくなるみたいに
(中略)
 Why did you want to talk to me?
 なぜ俺と話そうと思った?
WILL: I need a favor.
ウィル:頼みがある
MATTHEW: I'm always happy to do a favor for a friend. Just say the words.
マシュー:友人の頼みを聞くのはいつだって嬉しい。ただ言葉を口にするだけでいいよ
- They stop outside Will's cell. The bars slide open and Matthew leads him in. Unshackles Will. Now Will is free. The two men regard each other. Matthew smiles.
 ト書き:2人はウィルの独房の外で立ち止まる。棒錠をスライドして開き、マシューは彼を導く。枷が外され、今や自由になったウィル。2人は互いをじっと見つめる。マシューは笑いかける
- ON WILL looking at the deadly Matthew. A choice to be made.
 ト書き:ウィル、猛毒のマシューを凝視する。選択肢は選ばれた
WILL: I want you to kill Hannibal Lecter.
ウィル:ハンニバル・レクターを殺してほしい

面会でもないのにウィルが面会室にいたのは独房が点検中だったから。あとスクリプトだとマシューは想像の世界で遊んでる変人相手にちゃんと会話成立させようとしててえらいな。長いので省きましたが、彼はスクリプトでは長時間ウィルを眺めたり他の看守を牽制したりいろいろやってます。しかしサイコパスって他人に理解されたいものなのかな。承認欲求と理解されたいは違うよね。

次、プールで吊られるハンニバル。ここはスクリプトさんの本領発揮です。S2E5の裏テーマは「選択」なんだ。

MATTHEW: Did you know that the phrase "to kick the bucket" came from exactly this situation? You could kick it away now yourself and it'd all be over. Quicker than bleeding out. It's a choice. Life is about choices. Good choices. Bad choices.
マシュー:「バケツを蹴る」ってフレーズはこんな状況に由来するって知ってたか?いま自分でこれを蹴とばせば全部終わる。失血死より速くすむぞ。それも選択肢だ。人生は選択肢を行ったり来たり。いい選択肢、悪い選択肢
HANNIBAL: Hobson's choice. Another old phrase. You're a nurse at the hospital. You're setting a standard of care? Are you Will Graham's admirer?
ハンニバル「ホブソンの選択」という別の古いフレーズもある。君はあの病院の看護師だろう。標準的ケアを提供する側では?君はウィル・グレアムの崇拝者か?
MATTHEW: We have a mutual respect.
マシュー:俺たちはお互いに尊敬しあってる
HANNIBAL: Will's not what you think he is. He's not a murderer.
ハンニバル:ウィルは君が思うような人間ではない。彼は殺人犯じゃない
MATTHEW: He is now. At least by proxy.
マシュー:今からなるさ、少なくとも代理人の手でね
HANNIBAL: He asked you to do this?
ハンニバル:彼が君にこうしろと頼んだ?
MATTHEW: What are friends for?
マシュー:友人だからな
- Hannibal considers that, impressed by Will's moxie.
 ト書き:ハンニバル、その意味を考え、ウィルの不屈の魂に感嘆する
MATTHEW: Now I'm going to ask you a few yesor-no questions while you still have enough blood coursing through your brain to answer them. Ready?
マシュー:さあ、あんたの脳に十分な血液が流れてる間にイエス・ノーで答えられる質問をいくつかするぞ。準備はいいか?
HANNIBAL: Ready.
ハンニバル:どうぞ
MATTHEW: Did you kill that judge?
マシュー:あの判事を殺した?
- Hannibal stares, but it's enough for Matthew to hear "yes."
 ト書き:ハンニバルはただマシューを見るだけだが、彼には「イエス」とわかる
MATTHEW: I can ask you yes-or-no questions, you don't have to say a word and I'll know what the answer is. The pupil dilates with specific mental efforts. You dilate, that's a "yes." No dilation equals "no." Are you the Chesapeake Ripper?
マシュー:イエス・ノーで答えろと言ったが、口にしなくても答えはわかる。瞳孔径は精神的負荷によって拡大する。拡大したら答えはイエス、拡大しなければノーだ。あんたはチェサピークの切り裂き魔か?
- Hannibal smiles and his head lolls forward and his feet slip. He recovers and looks down at the grinning Matthew.
 ト書き:ハンニバルは笑って頭を前に倒し、足を滑らせる。元の姿勢に戻り、笑うマシューを見下ろす *1
MATTHEW: How many times have you seen someone cling on to a life not really worth living? Eking out a last few seconds. Wondering why they bother.
マシュー:生きる価値のない命にしがみつく人間をどれほど見た?生き延びたとしてもたった数秒だ。なぜそんな些細なことで騒ぐのか不思議でならない
HANNIBAL: I know why. Life is precious.
ハンニバル:私には理由がわかるよ。命が尊いから
- Matthew looks at Hannibal, incredulous, then starts to laugh.
 ト書き:マシュー、ハンニバルを信じがたい面持ちで眺め、やがて笑いだす
MATTHEW: Look at you. The Chesapeake Ripper. Wonder what they'll call me. The Iroquois used to eat their enemies to take their strength. Maybe your murders become my murders. I'll be the Chesapeake Ripper now.
マシュー:なんてざまだ、チェサピークの切り裂き魔。俺は何て呼ばれるかな。イロコワ族は強さを得るために敵を食べた。あんたの殺人が俺の殺人になるかもな。俺がチェサピークの切り裂き魔だ
HANNIBAL: Only if you eat me.
ハンニバル:君が私を食べればね

興奮のあまり下線を引いてしまったぜ。ハンニバルはS2前半でウィルを羽化させるため悪辣の限りを尽くしますが、さすがにウィルのように他者の行動原理を把握する能力はありません。つまり弄くりまわした幼虫がどう反撃してくるかまではハンニバルには予想できない。カッツを殺された怒りに我を忘れたウィルが崇拝者を操り、たらしこんで刺客にし、本気で自分を殺しにきた。ハンニバルは縊死か失血死の瀬戸際で、ウィルを憎むどころか心ふるわせて感動してるわけですね。えええなにそれすごい...。こんな複雑な感情と関係性、1回見ただけでわかる人おる?

あとウィルがハンニバルをどうしても憎みきれず最後に許してしまうのは、「命が尊い」ことを知っている殺人鬼だからだと思っています。シリアルキラーのなかでハンニバルホッブズだけが「命が尊い」ことを知っていた。ハンニバルは生きる価値のない無礼な豚を容赦なく殺すけれど、苦しめることなく肉にして最高の料理に仕立てあげ、賞賛しながら口にする。そうすることで生命を無駄にせず、価値を与えて称揚している。たとえ人格や精神、その人生がどうしようもなく醜悪でも生命は等しく尊いハンニバルは魂が体を離れる瞬間の光と空気と色をこそ愛していました。...だからこのシーン、字幕の「人生は尊い」はミスリードになると思うんだ...。

あ!あとマシュー関係でよくわからないのは、チェサピークの切り裂き魔がウィルではなくハンニバルだと半ば予想したうえでマシューがハンニバルを殺そうとしてたこと。ハンニバルが本当の鷹なら、マシューはハンニバルと友情を築けばよかった。マシューにとってウィルの価値は「FBIを隠れ蓑に連続殺人を犯していたから」ではなく、むしろ「初めて欠けた自分を理解してくれたから」のほうが大きかったの?だとしたらマシューかわいそうすぎるぜ。。

*1:ここは映像と全然違う。映像では瞳孔がぐわっと拡大するだけ。スクリプトハンニバルはちょっと映画版レクター博士の怪物風味で、要するに笑う動作の反動で両手を軸にぐるんって体を半ば回転させて、戻るんだと思う。血だらけでこれやられたら怖いよ...。