Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S1E8: Fromage 彼は私と似ていない

この無為といっていい対訳は、「ハンニバルはなんでウィルじゃないとダメだったの?」という疑問から始まりました。S1E8: Fromageは核心的エピソードが詰め込まれた回ですが、ハンニバルの犯行現場を尾行したトバイアスが「友人が得られたらいい。僕を理解できる誰か。僕と同じようにものを考え、同じ方法で世界や人を見られる人が」とハンニバルを誘うのに、ハンニバルは「その気持ちはよくわかる。でも君と友にはなりたくない」と答えます。音楽、殺人、ワイン等なにもかも嗜好の合うトバイアス、「自分自身のような男」とまで言ったトバイアス。吹き替えで観た時、なんでトバイアスじゃいかんの?って不思議でしかたなかった。なぜウィルにだけそこまで執着するのか。その答えがこの記事なんですけど、ここがわかってないとS2後半から話についてけなくなっちゃうんですよ...。

 

□あなたの友情に値するのが誰なのかを/べデリアとハンニバル

字幕はこちら。

ハンニバル:久しぶりに友情の可能性を感じた
べデリア:誰かと出会った?
ハンニバル:同じ趣味と世界観を持つ男と知り合った。だが友情の可能性は彼でなく別の男に感じた
べデリア:誰との友情?
ハンニバル:同僚であり患者だ。我々と同じような関係さ。前にも話した
べデリア:ウィルね?
ハンニバル:彼は私と違う。世界観も違うが私の視点にもなれる
べデリア:犯罪者の心理分析でね
ハンニバル:見事なものだよ、安心できる
べデリア:人と分かり合えるのは素晴らしいことよ。信頼が必要だしあなたには難しいこと
ハンニバル:友情に何が必要か分かった、不要なものも
べデリア:友情に値する人はいる
ハンニバル:ああ
べデリア:あなたは壁を作ってるけど、越えてくれる人を望むのは自然なことよ


英語字幕と対訳はこちら。

HANNIBAL: For the first time in a long while, I see a possibility of friendship.
ハンニバル:久しぶりに友情の可能性を感じたよ
BEDELIA: Is there someone new in your life?
べデリア:あなたの人生に誰か新しい人が?
HANNIBAL: I met a man much like myself. Same hobbies, same worldviews, but I'm not interested in being his friend.
ハンニバル:自分自身のような男に出会った。同じ趣味、同じ世界観を持っているのに私は彼と友人になることには興味が持てなかった
 I'm curious about him, and that got me curious about friendship.
 私は「彼」のことを知りたいと思うし、その欲求は私に友情とは何かを考えさせる *1
BEDELIA: Whose friendship are you considering?
べデリア:誰との友情のことを考えているの?
HANNIBAL: Oddly enough, a colleague and a patient, not unlike how I'm a colleague and a patient of yours. We've discussed him before.
ハンニバル:奇妙なことに、同僚であり患者でもある男だ。私が君の同僚であり患者であるようにね。われわれは以前彼について話したことがある
BEDELIA: Will Graham?
べデリア:ウィル・グレアムのこと?
HANNIBAL: He's nothing like me. We see the world in different ways, yet he can assume my point of view.
ハンニバル:彼は私と似ていない。世界観は違うのに、私と同じ視点に立つことができる
BEDELIA: By profiling the criminally insane.
べデリア:精神異常犯罪者をプロファイリングすることで?
HANNIBAL: As good a demonstration as any. I find it reassuring.
ハンニバル:何より優れた実証法だよ。心強い
BEDELIA: It's nice when someone sees us, Hannibal. Or has the ability to see us.
べデリア:誰かが自分を理解してくれるのは素晴らしいことよ、ハンニバル。それに誰かが自分を理解してくれる能力を持っていることも
 It requires trust. Trust is difficult for you.
 理解には信頼が必要だけど、あなたにとって誰かを信頼することは難しいから *2
HANNIBAL: You've helped me to better understand what I want in a friendship, and what I don't.
ハンニバル:君の助言のおかげで自分が友情に何を望み、何を望まないかがよくわかったよ
BEDELIA: Someone worthy of your friendship.
べデリア:あなたの友情に値するのが誰なのかを
- The word “worthy” rings true for Hannibal. She can see it.
 ト書き:「値する」という言葉はハンニバルに真実として響く。彼女はお見通しだ *3
HANNIBAL: Yes.
ハンニバル:そうだ
BEDELIA: You spend a lot of time building walls, Hannibal.
べデリア:ハンニバル、あなたは壁を作ることに長い時間を費やしてきた
 It's natural to want to see if someone is clever enough to climb over them.
 誰がその壁を乗り越えられるだけの賢さを持っているか、見きわめたがるのも無理はないわ *4

脚注をねちこく書きすぎてぼーっとしてきましたが、とにかくハンニバルは人生で初めて「本当の自分は孤独であること」を起点に、「友情とは何か」、「友情に必要なものは何か」、「友情に値するのは誰か」、「信頼と理解のもと、自分では出られない高い壁を乗り越えてくれる賢さをもつ人間は誰か」を考え、ウィルを見きわめ、選んでしまったわけです。うん、よくわかった。ハンニバルがウィルでないとダメだった理由は嫌というほどわかった。わかったからごめん!という感じ。Frendshipがdevotionに変わるのはもっと後かもしれないけど、少なくともハンニバルはS1E8で決めて、なんとS3の最後まで一度も覆らない。ハンニバルの友情概念を前提に未来を考えると、2人の間に塀や鉄格子があること(S2前半のウィル拘束、S3後半のハンニバル拘束)はハンニバルにとってちっとも問題じゃないのですね。だってウィルは壁を乗り越える。むしろ乗り越えるための存在としてハンニバルに選ばれてしまったので。そして脳炎になっても拘束されても腹を裂かれても頭蓋を割られても、生きてさえいれば彼は壁を乗り越える。だからハンニバルはどんなひどいことをしてもウィルを殺すことだけはしない。いつか友人になりたいから。...大変よく考えられた物語だと思うけど、字幕や吹き替えの情報量でこのくだりを読解するのは無理だよ...。

ドラマ「ハンニバル」を読むときに大事なことは、べデリアさんの発言はほぼ間違いなく唯一の真実である、という点。ハンニバルに洗脳されていても彼女は真実しか言っていない。そして逆もしかりで、ハンニバルはウィルについてベデリアに話すときは真実しか言っていない。ハンニバルに洗脳されているベデリアさんはハンニバルの一部なので、ハンニバル-ベデリアの会話は実はハンニバルの内面で起きている自己との対話です。少なくともS1においては。騙し合いばかりの本ドラマで、このポイントを見誤ると途端に迷子になってしまう。

*1:トバイアスにはbe interested in、ウィルにはbe curious aboutなんですね。既知のものへの好意と、未知のものへの欲求・飢えの違い。

*2:ここべデリアさんめっちゃ大事なこと言ってる!彼女が言いたいのは「人と分かり合えるのは素晴らしい」みたいな一般論かつ双方向的なことでは全然ないです。ベデリア曰く、ハンニバルには他人を信頼する能力がない。だから他人の心を理解する=共感することもできない(サイコパスの特徴は共感能力の欠如。この時点でおそらくベデリアさんはハンニバルサイコパスだとわかってる)。彼自身から他者に手を伸ばして双方向性の友情を築くことはできないけど、でも逆の「ハンニバルを理解してくれる能力を持つ存在からのベクトル」はありうる。というか普通は逆もありえないのですが、悲しいかなウィルには完全な一方向性の障害として過剰な共感能力があり、信頼がなくても、たとえ相手がサイコパスでも心を理解できてしまう(S1のラストでハンニバルへの信頼が失われた後もハンニバル←ウィルが成立してしまうのはこのためかと思います)。つまり、ハンニバルにはウィルしかいない。

*3:ここも!べデリアさんほんとお見通しで芯喰ったこと言う。ハンニバルはこのシーンでハッとします。S1E7からS1E8にかけて「友情」というメインテーマの裏で展開するのは「価値」の話。臓器を持つに値しないから臓器を抜かれる。場に値しないから食事会に出ない。殺人犯による聞く価値のない音楽。そして彼の友情に値するのは誰か。自分と瓜二つであることはハンニバルにとって「価値」ではなかった。ハンニバルがウィルでないとダメだったすべての理由の前提は、「自分にとってウィルは価値がある」とハンニバル自身が判断したからなんですよね。

*4:S1E7でべデリアさんはハンニバルの擬態を"person suit(ハンニバルという個性の服)"、"human veil(ヒトの皮)"と表現しましたが、その直後に"That must be lonely(本当のあなたは孤独に違いない)"と言ってる。服や皮の言い換えがここでは「壁を作る」で、強固な壁の中の本当のハンニバルは孤独である。愛する物すら守れないウィルの脳内の砦とは違い、長い時間をかけて作られたハンニバルの壁は外からも内からも壊せない。だからトバイアスの「同じ世界観、同じ価値観で世界や人を見、同じように行動できる」ではダメなんですね。トバイアスのような同種の人間ならおそらく同じだけ強固で高い壁をもっている。彼ら2人の友情は2枚の高い壁を挟んで1人ぼっちが背中合わせで星を眺めているようなもの。共犯であっても友ではなく、目を合わせることも肩を並べることもできない。本当のハンニバルを理解し、高い壁を乗り越えられる賢さをもった他者でなければ、本当の自分の孤独は埋まらないのだ、とハンニバルはここで気づいてしまった。