Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S1E4: Oeuf 家族の話はなじめない

S1E4: Oeufの前半はスクリプトにない謎めいたカウンセリングシーンがあったり、ウィルの留守宅で好き勝手あさる博士がいたりで楽しいのですが(スクリプトと実際のストーカー演技の違いもまた楽しい)、2人の関係性を解釈するうえでそこまで大事でもないので飛ばしております。もったいないけどベデリアさんまで早く辿りつきたい一心。
Oeufのテーマは家族と母親の不在。主役の2人も互いの家族について少しだけ開示し合います。ここね、スクリプトさんがいつにもまして暴走気味でいいんですよ。小説かってくらいト書きで心理描写してるのに、結果的に大人の判断で映像になってないのほんと好き...。


■母親の話をしよう/ウィルとハンニバル

字幕はこちら。

ハンニバル:母親の話を
ウィル:精神科医がよく使う手だ。簡単すぎる
ハンニバル:私はそうは思わない。難しいよ
ウィル:確かに母親は難しい人だ
ハンニバル:面白いスタートだ
ウィル:まずあなたの母親の話を
ハンニバル:私が若い頃に両親は死んだ。16歳で叔父に引き取られるまで孤児だった
ウィル:アビゲイルも孤児だ
ハンニバル:我々と彼女には多くの共通点が。彼女には心理学の才能もある
ウィル:家族の話はなじめない。サイズの違うスーツみたいでピンとこないんだ
ハンニバル:自分で家族を作ったね
ウィル:捨て犬と暮らしてるだけさ。留守の間世話をありがとう
ハンニバル:アビゲイルのことだ。ターナー家は裕福だった?
ウィル:見るからにね
ハンニバル:君の家は?
ウィル:貧しかった。父はボート修理が仕事でビロクシやグリーンビルへ引っ越しばかり
ハンニバル:いつも転校生のよそ者か
ウィル:どこでもね
ハンニバル:犯人は夫人にどんな恨みを?
ウィル:母親への恨み
ハンニバル:違う。こじつけだ

 

スクリプトと対訳はこちら。

- Hannibal sits opposite Will, smiling warmly before asking:
 ト書き:ハンニバル、ウィルの対面に座り優しく微笑んでから尋ねる *1
HANNIBAL: Tell me about your mother.
ハンニバル:母親の話をしよう
WILL: That's some lazy psychiatry, Dr.Lecter. Low hanging fruit.
ウィル:レクター博士、それは不精な精神医学のやり方ですよ。すぐ手の届く枝に生る果実だ *2
HANNIBAL: I suspect that fruit is on a high branch, very difficult to reach.
ハンニバル:いや、なかなか手の届かない高い枝に生る果物だと思うよ
WILL: So is my mother. I never knew her.
ウィル:僕の母親というならそうですね。彼女を理解できたためしがない
HANNIBAL: An interesting place to start.
ハンニバル:興味深いスタート地点だ
WILL: Tell me about your mother. Let's start there. (スクリプトのみ/ Quid pro quo.)
ウィル:あなたの母親について教えて。そこから始めましょう(スクリプトのみ/ まずあなたから)
- A fan of the language, Hannibal enjoys Will's use of Latin.
 ト書き:言語を愛好するハンニバル、ウィルが使うラテン語を楽しんでいる *3
HANNIBAL: Both my parents died when I was very young. The proverbial orphan until I was adopted by my Uncle Robertas when I was 16.
ハンニバル:両親とも私が幼いころに亡くなった。16歳で叔父ロベールの養子になるまではいわゆる孤児だね
- Will considers that, understanding Hannibal a little more clearly than before -- or so he thinks.
 ト書き:ウィル、前よりも少しだけハンニバルをクリアに理解できたと考える、むしろ感じている  *4
WILL: You have orphan in common with Abigail Hobbs.
ウィル:あなたはアビゲイルと孤児という経験を共有してる
HANNIBAL: I think we'll discover you and I have a great deal in common with Abigail.
ハンニバル:きみと私はこれからアビゲイルとのたくさんの共通点を発見していくことだろう
 She's already demonstrated an aptitude for the psychological.(スクリプトのみ/ Quid pro quo.)
 彼女はすでに心理学の素質があるようだ(スクリプトのみ/ 次はきみの番だ)
- Will is unwilling to return the volley.
 ト書き:ウィル、ボレーを打ち返したくない *5
WILL: There's something so foreign about family... Like an ill-fitting suit. I never connected to the concept.
ウィル:家族ってすごく異質な感じがします...サイズの合わないスーツみたいで。僕は家族という概念に帰属したことがない
HANNIBAL: You created a family for yourself.
ハンニバル:自分のために家族を作ったじゃないか
WILL: Ah, well, I connected a family of strays. And thank you for feeding them while aI was away.(スクリプトでは/ I created a pack of strays. Thanks for feeding them while I was away.)
ウィル:ああ、なるほど、野良犬の家族には帰属したかな。そういえばありがとうございました、留守中に餌をやってくれて
- Hannibal nods his “you're welcome,” then:
 ト書き:ハンニバル、「どういたしまして」と頷く *6
HANNIBAL: I was referring to Abigail Hobbs.
ハンニバル:私のいう家族はアビゲイル・ホッブズのことだよ
- Hannibal lets Will get used to that idea, then:
 ト書き:ハンニバル、ウィルにその考え方を刷り込む *7
HANNIBAL: Tell me about the Turner Family. Were they affluent? Well to do?
ハンニバルターナー一家について話して。彼らは裕福だった?富裕層?
WILL: They lived like they had money.
ウィル:お金があるような暮らしでしたよ
HANNIBAL: Did your family have money, Will?
ハンニバル:きみの家族は、ウィル?
WILL: We were poor. I followed my father from the boat yards in Biloxi and Greenville to, uh, lake boats on Erie.
ウィル:僕たちは貧しかった。ビロクシとグリーンビルの造船所から、エリー湖の湖上ボートまで父親について渡り歩いてた *8
HANNIBAL: Always the new boy at school. Always the stranger.
ハンニバル:学校ではいつも新顔で、よそ者だった?
WILL: Always.(スクリプトでは/Yes.)
ウィル:そう、いつでも *9
HANNIBAL: Harboring a half-buried grudge against the rich?
ハンニバル:半分隠してはいるが、金持ちを恨んでる *10
WILL: Aren't we all.
ウィル:誰だってそうでしょう
HANNIBAL: What grudge was Mrs. Turner's killer harboring against her?
ハンニバルターナー夫人を殺した犯人は何を恨んでいたのかな?
WILL: Motherhood.
ウィル:母性を
HANNIBAL: Not motherhood. A perversion of it.
ハンニバル:違う。曲解された母性だ *11

ウィルはコミュニケーションや対人能力に問題ありとされてるけど、会話の内容は機知に富んでいるし率直だし、下品でも失礼でもない。自尊心が高くて風変わりではあるかな。あと何より知的レベルで両者に比較的大きな差がない。ハンニバルにとって想定外の反応が返ってくるたび目がキラっとするので、ああ博士は会話を楽しんでるんだなあ、と伝わってきます。フランクリンとの目が死にっぱなしカウンセリングとは大違い。

※ちなみにスクリプトにないS1E4冒頭のカウンセリングシーンですが、原作レッド・ドラゴンへの目配せとして後で付け足したのかな?ウィルが「家の明かりを点けたまま夜の平原を歩く。遠くから自分の家を振り向くとまるで海の上に浮かぶボートのように見える。そのときだけ安心する(大意)」とハンニバルに述懐する光景は、レッド・ドラゴンの序文にトマス・ハリスが執筆時の秘話として書いたフレーズまんまです。この表現はたしかに美しいし、映像化したかった気持ちとてもわかる。普遍的な郷愁を呼び覚ます光景ですね。あと野良犬を餌付けしてたら懐いちゃった、というドラマ版ウィルの設定もこの序文でトマス・ハリス自身の経験として書かれています。ちなみに「ホッブズに接近し過ぎて彼と同時に生活してるようだ」という述懐は、原作レッド・ドラゴンでダラハイドに近づき過ぎたグレアムのもの。このドラマの制作側は敵に回しかねない原作ガチ勢にタックルかまして「ぼくもガチなんですよ~」とアピールする感じがたいへん好感度高いです。

*1:ここは残念ながらト書き通りでなくハンニバルのアップで始まるので、おなじみのオポジットスタイルも質問する前の博士の優しい微笑みも見られません。残念きわまりない。

*2:この直訳は悪手なんですが、ウィルにとって母親は手の届かない木の実のように理解できなかった、に繋げやすいのであえて直訳にしておきます。

*3:この一連の流れが!もう!なんで映像にしなかったの!?と思いますが、現場の人がやりすぎと感じたんでしょうね。ろくでもない大人だぜ。ここでは母親の話をしたくないウィルがハンニバルに「先に話して、そしたら次に話すから」と交渉を仕掛けるわけですが、そのときスクリプトではラテン語の"Quid pro quo."が入ってる。ギブ&テイクとかティットフォータットみたいにお互いの力関係が対等であることを前提とした慣用句なので、医師・患者関係モデルではおよそありえない流れです。少なくとも患者から言いだすような言葉じゃない。でもハンニバルは気分を害するどころか「ウィルがラテン語しゃべったわーい」って喜んでる、そういう行間があるわけですねここは。こわい、ウィル大好き芸人こわい。ウィル以外の患者が「あなたの母親の話を」って言いだしたらその場で食材になるよ...。

*4:ここも必要以上の情報が鼻息とともに詰め込こまれています。私の訳がまずくてうまく伝わらないけど、considerは時間をかけた冷静かつ客観的な判断、thinkは主観的な思いや感じ方、とざっくり分けられるので、この一文は罪深くまた味わい深い。共感能力のお化けであるウィルにとって情報が増えるほど直観的な共感は増すのでしょうね。

*5:自分から言い出しといていざ自分の番になると嫌なウィル・グレアム。ウィルは目上の男性にザツに甘えるのやめたほうがいいよ...。

*6:そしてまた地味に博士の礼儀ポイントを稼ぐ、お礼が言える子ウィル。

*7:ハンニバルはどうやってでもウィルとアビゲイルとで3人家族を作りたいんだよなあ...。異常なまでの執着。なんでなんだろう。後半の事件絡みでウィルとジャックが「阻害された人間は家族の中に入るとその影響を受け、同じ態度、同じ行動をとる。犯人の女は子どもから愛されるために家族から誘拐し、自分が一番愛してると思わせる」と解析するのですが、これはまさにハンニバルがウィルとアビゲイルにやっていることです。そしてハンニバルの書いた論文名が「社会的疎外の進化的起源(Evolutionary Origins of Social Exclusion)」。彼は自分の論を試行してるのか?あるいは執着のあまり論文化したのか?私は疑似家族の物語にめちゃくちゃ弱いのですが、その執着のつよさがハンニバル側にあることがほんとうにしんどい。これがS3のレッド・ドラゴンまで続くんやで...。

*8:ここから「~金持ちを恨んでる」まで、原作のレッド・ドラゴンそのままの叙述。小説の並の文をウィルとハンニバルそれぞれの会話に切り分けて、掛け合いで喋らせてる。

*9:この流れでウィルが2回笑うんですけど、過去と卑屈な自分をはにかんで笑う感じがもう、アアアアアってなる...。この笑顔を「守りたい」ではなく「壊したらどうなるか」としか考えていないサディストなハンニバルは本当にどうしようもなくかわいそうです。

*10:Harborはウィルが言った「ボートヤード」とかけ言葉になってるんですね。

*11:ここ字幕だと意味が圧縮されすぎてて違う意味にとられるかもしれない。ハンニバルはウィルの発言・発想を「こじつけだ」と言ったのではなく、「母性そのものではなく母性を曲解していたからだ」という意味で否定したのですね。S1,2でハンニバルがウィルに否定の文言を投げつけることって基本ないよな...。