Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E11: Ko No Mono アビゲイルのための場所ができるかも

S2E11の終わりが見えない!たぶんもう1回やってE11は終わりです。どんだけ重箱の隅をつつけば気がすむの...。そして今回も万人向けではないです。小難しい話はもういい、ただただ萌えたいんや;;
青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

HANNIBAL: Every creative act has its destructive consequence.
ハンニバル:すべての創造的行為は破壊的結果をもたらすものだよ
WILL: What you did to me, what you did to Abigail, was that a creative act or destructive consequence?
ウィル:あなたが僕にしたこと、アビゲイルにしたことは創造的行為でしたか?それとも破壊的結果?
HANNIBAL: The Hindu god Shiva is simultaneous destroyer and creator. Who you were yesterday is laid waste to give rise to who you are today.
ハンニバルヒンドゥー教シヴァ神は破壊神であり、同時に創造神でもある。昨日きみを蹂躙した者が今日きみを助け起こす
WILL: Rise and rise again and again, until the lambs have become lions.
ウィル:子羊がライオンになるまで立ち上がり続けろと?
HANNIBAL: Yes.
ハンニバル:そうだ
- Will studies Hannibal a moment, then:
 ト書き:ウィル、ハンニバルをしばらく観察する。そして:
WILL: How much reality has had to be slandered? How many lies have had to be sanctified? How many consciences devastated?
ウィル:どれだけの真実が誹謗されなくてはならなかった?どれだけの嘘が清められなくてはならなかった?どれだけの良心が壊された?
HANNIBAL: As many as were necessary.
ハンニバル:必要とされる数だけ
WILL: You sacrificed Abigail. You cared about her as much as I did.
ウィル:あなたはアビゲイルを犠牲にした。僕が彼女を気にかけていたのと同じくらい、あなたも彼女を気にかけていたのに
HANNIBAL: Maybe more. But then, how much has God sacrificed?
ハンニバル:おそらくきみより気にかけていたよ。だが神はどれだけの犠牲を出した?
WILL: What god do you pray to?
ウィル:あなたは何の神に祈る?
HANNIBAL: I don't pray. I have not been bothered by any considerations of deity, other than to recognize how my own modest actions pale beside those of God.
ハンニバル:私は祈らない。神なるものの考えに悩まされたことは一度もない。自分の行いが神に比べると生ぬるいと思い知る以外には
WILL: I prayed I would see Abigail again.
ウィル:僕はもう一度アビゲイルに会えたら、と祈った
HANNIBAL: Well, your prayer did not go entirely unanswered. You saw part of her. Will, should the universe contract, should time reverse and teacups come together, a place could be made for Abigail in your world.
ハンニバル:そう、その祈りは全く叶えられなかったわけではないね。彼女の一部には会えたのだから。ウィル、もし宇宙が収縮し時間が巻き戻り、割れたティーカップが元通りになったら、きみの世界にアビゲイルのための場所ができるかもしれない
WILL: What place would that be?
ウィル:それはどんな場所です?
HANNIBAL: You've lost a child, Will. It seems you're likely to gain one.
ハンニバル:ウィル、きみは子を失った。その場所に新たな子を得るだろう
- From behind Hannibal, the WENDIGO RISES UP IN SILHOUETTE.
 ト書き:ハンニバルの背後から、ウェンディゴのシルエットがせり上がる
HANNIBAL: God is beyond measure in wanton malice and matchless in His irony.
ハンニバル:神はその気まぐれな悪意、比類ない皮肉において計りしれない存在だ
- But the Wendigo itself has TRANSFORMED as it raises its arms revealing, Shiva-like, FOUR ARMS per side -- A FAN OF EIGHT.
 ト書き:ウェンディゴが姿を変え、両腕を上げると両側にそれぞれ4本の腕--8本の羽根が生えている。まるでシヴァ神のように
- OFF Will entranced not by Hannibal, but the thing behind him.
 ト書き:ハンニバルではなく、彼の後ろにあるものに恍惚とするウィルで暗転

ちょ、「アビゲイルのための場所」って言ってる!字幕では「アビゲイルが君のもとに戻る」ってなってるけど、ここ専門用語じゃないしちゃんと訳そう!?ハンニバル・レクター的に大事だから。ほんと大事だから...。

妹ミーシャが死ぬ前まで時間を巻き戻し、世界を元通りにしたい原作のレクター博士はこう言います。「この世にはミーシャの場所があるはずだ、ミーシャに譲るべき至高の場所があるはずだ」。そしてこの世の最上の場所はクラリスだ、と。まあ原作ではこのあと謎のセックス展開が始まるんですけど、ドラマ版ではそんなあからさまなことはできません。暗喩でずっとヤってるけどな。
これまでハンニバルは一貫してウィルに自分と同じ道を辿らせようとしてきました。今のウィルにとってアビゲイルは死んだ存在だけど、実際は生かされていて何も奪われていない。そんな生ぬるい喪失では肥溜めから妹の乳歯をみつけたハンニバルと「同じ」にはならない。ハンニバルがウィルの世界にアビゲイルの、ミーシャのための至高の場所を用意するためには、ウィルが本当に喪失することでつくられる空白が必要だったんだと思います。それがマーゴの子が譲って空いた場所ということ。...もうもうハンニバルかわいそうすぎて...。めっっっちゃ人殺してるけど...。

ところでこのシーン、途中からウィルとハンニバルの顔が入れ替わる?というか、ハンニバルハンニバルが、ウィルとウィルが対面で会話してるような切り替わりのカットになるんですよね。最初はHuluがまたやらかしたのかと思ったけど、DVDで見てもやっぱりズレて入れ替わってる。この演出の意図は既出なのかな?調べてもよくわからず、結局いつものように独断かつ独善的な解釈です。

ここから先は謎解きがお好きな方だけどうぞ。あ、あとわたし宗教の回し者とかじゃないので...!

 

前回、シヴァ神は時間を超越・創出する神=マハーカーラである、という話をしました。シヴァにはたくさん別名があって、その1つであるマハーカーラは真っ黒な肌をした破壊神の姿で現れます。ハンニバルが黒焦げの死体でシヴァを作ったのは、時間を司るマハーカーラをウィルに捧げて「時間は戻るよ」と求愛したかったから。だと思う。

さらに眠たい話を続けると、シヴァ神最高神なので本体は形がなく無限で不変、超越的な宇宙の根源です。これをブラフマン(梵/宇宙我)という。世界に存在するすべてのもの、すべての運動の背後にはブラフマンがあり、ブラフマンがあるから世界は成立してる。ウィルとハンニバルの後ろにそびえる黒いシヴァ像のように。
一方で、シヴァは至高のアートマン(我/個人我)を持つ神でもあります。アートマンとは個人の意識の内部、最も深い場所にあるもの。いわゆる「悟り」とは、ブラフマンアートマンが同一になること、宇宙の全体性に個を融合させること(=梵我一如)です。ただ、人は超越を恐れて悟りに至ることができず、狭い自我を確立して中に閉じこもってしまう。狭い自我は全体性の宇宙と融合する喜びの代用として、時間の世界(性、食事、金銭、名声等)に快感を求める。ブラフマンと融合した至高のアートマンには「昔→今」の時間概念がなく、時間を巻き戻すことも進めることも自在なのに。
つまりシヴァ神は個人我=アートマンを時間の呪いから解放し、宇宙我=ブラフマンに導く神でもあるのです。そして宇宙我に融合した個人個人はもう別個の隔たった存在ではなく、つながった1つのものになる。ハンニバルは自分とウィルの世界にシヴァを導入して、2人の間のボーダーをなくして溶け合おうとした。だから2人の顔が入れ替わったり同じになったりするし、ウィルはハンニバルの背後のなにか(=シヴァに変異したウェンディゴ)を恍惚と見てるんじゃないかなあ、と、思って...るんですけど......。うーん、書いてみて痛感したけどこれやっぱりめちゃくちゃわかりにくいな。おのれの力不足をかみしめています。忸怩。

ちなみに自我の確立からアートマンの悟りへ、という成長発達の考え方はトランスパーソナル心理学の「アートマン・プロジェクト」が提唱してることなので、心理学博士のハンニバルが知らないわけないという前提で書いています。...そういえばこの個と全体の有機的な繋がりって、S1E2 Amuse-Boucheのキノコ殺人犯スタメッツが目指してたイメージだわ。あれ、今気づいたけど馬の腹から出てくるイングラムトランスパーソナル心理学の「生まれ直し」だ。えっ怖い、もしかして全部そうなの?

S2E11: Ko No Mono あれは求愛よ

今回はウィルとハンニバルがほぼ言葉を交わしていません!でもS2ではこの一連のシーンがいちばん興奮したかもしれない(S2E13は悲しくてやりきれなくてそれどこじゃない)。まずは燃やされた死体の検証で、ハンニバルを騙すためにひと芝居うってるウィルとFBI鑑識の面々。
青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです

ZELLER: Cut out her psoas muscles. Looks like he used a hunting knife.
ゼラー:腰筋を切り取ってる。犯人はハンティングナイフを使ったみたいだね
HANNIBAL: A peculiar trophy.
ハンニバル:奇妙なトロフィーだ
- Hannibal glances innocently at Will who averts his eyes.
 ト書き:ハンニバル、目線をそらすウィルをそ知らぬ顔で一瞥する
JACK: Why did he burn her?
ジャック:なぜ死体を焼いた?
ZELLER: How many people has Freddie Lounds burned in her career?
ゼラー:フレディ・ラウンズはいったい何人のキャリアを炎上させてきました?
HANNIBAL: Whoever did this was not striking out against Miss Lounds's exploitative brand of journalism. This is something else. This is something sacred.
ハンニバル:この犯人はラウンズ嬢のジャーナリズムに「搾取的」と焼き印を捺したかったわけではないよ。これはもっと別のもの、神聖な何かだ
WILL: Freddie Lounds had to burn. She was fuel. Fire destroys, creates. It's mythical. She won't rise from the ashes, but her killer will.
ウィル:フレディ・ラウンズは焼かれるべきだった。彼女は燃料だ。神話では火は破壊し、創造するもの。彼女が灰から蘇ることはないが、彼女を殺した犯人は蘇る
HANNIBAL: He's the one to be noticed now.
ハンニバル:今や彼が注目されるべき人物だ
- OFF Jack Crawford studying Will and Hannibal...
 ト書き:ウィルとハンニバルを観察するジャックで暗転

このくだりは以前ハンニバルが言った「悪は単なる破壊ではない」、「血と呼吸はウィルが輝きを増すための要素に過ぎない、光の素が燃焼であるように」という言葉にウィルが呼応し、死体を破壊して燃やした。という解釈でいいのかな。あと実際の映像ではやってないんですが、目を逸らすウィルとそれをチラ見するハンニバルが秘密っぽくていい感じです。

そしてウィルがこのシーンで言った「神話では火は破壊し、創造する」へのハンニバルの返答がシヴァ像です。長いので前半は略そうね。でもこれ、ハンニバルはどうやってモルグから遺体を盗み出したんだろう?

JACK: This killer is trying to get somebody's attention.
ジャック:この殺人犯は誰かの注意を引こうとしている
ALANA: I don't think he wants to be found. He has direction. His chaos is getting more orderly.
アラーナ:彼は見つけてほしいわけじゃないわ。彼には指向性がある。彼の混沌には秩序が生まれはじめてる
JACK: First he burns effigies, then he assembles them.
ジャック:はじめに作品を燃やし、次に組み立てた
ALANA: Burning Freddie Lounds wasn't his first effigy. Whoever killed Freddie killed Randall Tier. Mutilated him, dismembered him, put him on display.
アラーナ:燃えたフレディ・ラウンズは彼の最初の作品じゃない。フレディを殺した犯人がランドールを殺した。彼を切断し、解体し、展示した
JACK: What connection do Freddie Lounds and Randall Tier have?
ジャック:ラウンズとランドールの接点は何だ?
ALANA: Will Graham. Randall Tier was his suspect and Hannibal's patient.
アラーナ:ウィル・グレアム。ランドールの容疑者が彼で、どちらもハンニバルの患者だから
- Will reacts to this and crosses to Jack and Alana.
 ト書き:ウィル、反応してジャックとアラーナに近づく
ALANA: Freddie was investigating his murder when she died.
アラーナ:フレディは死ぬ前、ランドール殺害事件を調べてた
WILL: Freddie was investigating a lot of things when she died.
ウィル:フレディは死ぬ前にたくさんの事件を調べていたよ
ALANA: This is a psychopath who has incubated fantasies of killing and is translating them into action. He's building himself up. Or somebody's building him up.
アラーナ:これは殺人の妄想を具現化し、行動に移したサイコパスよ。彼は自我を確立しつつある。あるいは誰かが彼に自我を確立させようとしてる
WILL: He could have a benefactor who admires his destruction. Hindus believe that destruction leads to new life. Shiva is destroyer and benefactor.
ウィル:犯人には彼の破壊行為を称賛する恩人がいるはずだ。ヒンドゥー教では破壊は新たな命を生むと信じられてる。シヴァは破壊神であり、恩寵を与える神だ
ALANA: He's being guided.
アラーナ:犯人は先導されてる
JACK: This is a signpost?
ジャック:これは道案内ということか?
ALANA: Maybe Freddie's killer didn't do this. Maybe his benefactor did.
アラーナ:フレディを殺した犯人がシヴァを作ったんじゃない。彼の恩人がやったんだわ
JACK: Why?
ジャック:なぜ?
- ON ALANA dawning realization.
 ト書き:アラーナ、ようやく真実に気づく
ALANA: It's a courtship.
アラーナ:あれは求愛よ
- Alana watches Will intently now, determined.
 ト書き:アラーナ、今や確信をもってウィルを凝視している

アラーナがやっと覚醒したよ!しかも「自分と付き合ってるはずの男が目の前の男に熱烈に求愛してる」という、これ以上ない残酷な気づき方で...。前に先走って書きましたが、courtshipに求婚・求愛行動以外の意味はないと思う。恩人(=ハンニバル)が犯人(=ウィル)に求愛してる、これは読み間違えようがない。これ公式でドえらいこと言ってない?冷静でいられる要素ゼロじゃない??

ただよくわからないのが、アラーナはなぜ焼死体で作った東洋の神像をみて「あれは求愛よ」と言いきれたのか?という点です。ウィルがハンニバルの、ハンニバルがウィルの思惑や意図をお互いに読みとり、答え合わせをしあってるのはわかる。でもアラーナはハンニバルによって情報が遮断されてるうえ、ウィルと断絶してるので2人の間の事情は知りようがない。ということは、アラーナは主に「シヴァ像」から真実に気づいたことになります。

※ここからアレな話がえんえん続くので苦手な方はどうか回避ください...。

いきなりシモくて恐縮ですが、シヴァ神とはふつうに男性器(ファルス)のことです。民間のヒンドゥー教、特にインドでは。シヴァ信仰はリンガ信仰(シヴァ・リンガ)というのですが、リンガは男性器を意味するサンスクリット。シヴァ・リンガはたいてい屹立した棒のかたちをして、インドの寺院によく祀られてます。日本の道祖神とか五穀豊穣の祭りはこの流れ。民間のシヴァ信仰はすなわち男根崇拝、ファルス信仰なんです。うん。塙さんは学部時代に各地の性器崇拝を見て回ったスキモノなので、あの流れでシヴァ像が出てきて度肝ぬかれました。こんなあからさまな求愛行動があるだろうか。

ただ、前提としてアラーナは「破壊と創造」というウィルの前フリを知らず、ハンニバルほど東洋的な宗教知識はないかも?とも思う。アラーナはあくまでも精神分析/心理学の専門家なので、西欧の精神分析/心理学の文脈でシヴァを捉えたはずです。たぶん。で、調べてみたらこれがそう遠くもなかった。今回初めて知ったんですが、一部の心理学は東洋哲学にすごく近いんですね。アラーナがシヴァ像⇒リンガ=ファルスの意味を知らない、というのはちょっと考えにくい。

そういえば余談だけど、分析心理学の祖・ユングの自伝には、幼少期に見た夢のリンガ=ファルス=「地下の神」について書かれています。

…突然私は地面に、…石の階段が下に通じているのをみたのである。ためらいながらそしてこわごわ、私は下りていった。…台の上にはすばらしく見事な黄金の玉座があった。…何かがその上に立っていて、はじめ、私は4~5メートルの高さで、約50~60センチメートルの太さの木の幹かと思った。とてつもなく大きくて、天井に届かんばかりだった。けれども奇妙な構造をしていた。それは、皮と裸の肉でできていて、てっぺんには顔も髪もないまんまるの頭に似たなにかがあり、頭のてっぺんには目がひとつあって、じっと動かずにまっすぐ上を見つめていた。…その時、外から私の上に母の声がきこえた。母は「そう、よく見てごらん、あれが人喰いですよ」と叫んだ。それが私の怖れをさらにいちだんと強めた。…ずっと後になってやっと、私があの時みたのはファルロスだったことがわかった。

精神分析/心理学の博士がユングを読んでないわけがないので、アラーナはおそらく像に込められた性的な暗喩を汲み取ったうえで、ウィルが犯人で、ハンニバルが先導し恩寵を与える者だと気づいて「あれは求愛よ」と言ってる。

ただ、ここまではアラーナの目線であってハンニバルの目線ではありません。ハンニバルはシヴァを作ることで性的に成熟したウィルに性器を突きつけたけど、彼の意図はそれだけではない。このシーンの前にハンニバルは「ティーカップを割って元に戻らないのが納得できない」と言い、シヴァ像を作った。次のシーンでは「時間が逆行し、カップが元通りになったらアビゲイルが君のもとに戻るかも」と話す2人の間に、巨大なシヴァ像(+ウェンディゴ)がそびえている。シヴァが作られたことで2人の時間は巻き戻る。なぜならシヴァ神は「時間を超越する者/時間を創出する者=マハーカーラ」でもあるからです。そして同時に、2人は互いに融合する。シヴァ神は「世界の根源的なアートマン(自我)」だからです。...さあ本格的にめんどくさくなってきたぞ!ていうかこのドラマ作った人たちほんとうに正気かな?

わかりやすく書ける気がぜんぜんしないけど、とりあえず次も読んでくださる方を置き去りにしかねない話が続きます...。あ、あと専門の方は殴らないでね;;

S2E11: Ko No Mono 元通りに戻せたらいいのに

ラウンズの焼死体検証→シヴァ神は次にまわして、先にみんな大好きティーカップの夜の語らいです。ウィル酔ってるしもう全然セラピーじゃない。
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

- Will observes the amber light trapped in a tumbler of Scotch.
 ト書き:ウィル、スコッチのタンブラーに閉じ込められた琥珀の光を眺めている
WILL: I've been so preoccupied with taking a life, I'm having trouble wrapping my head around making one.
ウィル:僕は命を奪うことにばかり気を取られてきたけど、新しい命を生み出すことで頭がいっぱいになって困る
HANNIBAL: When men become fathers, they undergo biochemical changes that affect the way they think.
ハンニバル:男は父親になると、考え方に影響を及ぼす生化学的変化を経験するものだ
WILL: You said the same thing happens when men become killers.
ウィル:あなた殺人犯になるときにも同じことを言いましたよね
HANNIBAL: Fatherhood is not always a nurturing role. Fathers can be killers. In protecting a child, things trapped inside a man for years fly free, ready to explode in pain. And dangerous behavior. What sort of father would you be?
ハンニバル父親は必ずしも養育の役割だけを果たす存在ではないよ。父親は殺しもする。子どもを守るとき何年も閉じ込めてきたものを解き放ち、苦痛の中で感情を迸らせ、危険な行動をとる準備ができている。きみはどんな父親になる?
- Will reflects on that, imagining a different life.
 ト書き:ウィル、その言葉を反芻する。別の人生を想像しながら
WILL: I would be a good father.
ウィル:いい父親になると思いますよ
- Hannibal smiles warmly. He imagines Will would.
 ト書き:ハンニバル、温かく微笑む。彼はウィルがいい父親になる姿を想像している
HANNIBAL: Do you see a life flashing before your eyes that's not your own?
ハンニバル:視界にきみのものではない人生がよぎるのが見える?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
HANNIBAL: How quickly we form attachments to something that does not yet exist.
ハンニバル:私たちはまだ存在しないものへの愛情をなんて早く形成するんだろうね
WILL: I'm not attached. I'm only anticipating attachment.
ウィル:まだ愛情はないけど、愛情を持てればいいなと思うだけ
HANNIBAL: We have a deep-seated need to interact with our children. It helps us discover who we are.
ハンニバル:私たちはわが子と触れ合う必要がある。そうすることで自分が何者かを発見していく
WILL: Have you ever been a father?
ウィル:父親だったことがある?
HANNIBAL: I was to my sister. She wasn't my child, but she was my charge. She taught me so much about myself. Her name was... Mischa.
ハンニバル:いや、妹に。私の子どもではなかったが、親代わりだった。彼女は私自身について多くを教えてくれた。名前は...ミーシャといった
Will: "Was"?
ウィル:“いった”?
HANNIBAL: She's dead. Abigail reminded me so much of her.
ハンニバル死んでしまった。アビゲイルは彼女を思い出させるよ
- That derails Will's train of thought, almost sobering.
 ト書き:その言葉でウィルの思考は逸れ、酔いが醒める
WILL: Then why did you kill her?
ウィル:ならなぜ彼女を殺したんです?
HANNIBAL: What happened to Abigail had to happen. There was no other way.
ハンニバル:アビゲイルに起きたことは起こるべくして起こった。ほかに方法はなかった
WILL: There was. But there isn't now.
ウィル:ありましたよ。でも今はもうない
HANNIBAL: Would you protect this child in the way you couldn't protect Abigail?
ハンニバル:きみはアビゲイルを守れなかったのと同じ方法で自分の子も守るつもり?
WILL: I still dream about Abigail. I dream I'm teaching her how to fish.
ウィル:僕はまだアビゲイルの夢を見る。魚釣りを教えている夢だ
HANNIBAL: I'm sorry... I took that from you. Wish I could give it back.
ハンニバル:すまない、きみから彼女を奪って。元通りに戻せたらいいのに
WILL: So do I.
ウィル:僕もそう思う
HANNIBAL: Occasionally, I drop a teacup to shatter on the floor. On purpose. I'm not satisfied when it doesn't gather itself up again. Extra parts were harvested on-site. Someday perhaps a cup will come together.
ハンニバル:時折、私は床にティーカップを落として粉々に割る。わざとね。それがひとりでに集まって元通りにならないのが納得いかない。余ったパーツは現場で拾われた。でもいつの日か元通りになる

このシーンのハンニバルも剥き出しで、晩餐とは違った意味で満たされていてつらいです(※もう全部つらい)。ウィルが想像する父親としての自分は結局「別の人生」だし、ハンニバルも「きみのものではない人生」「アビゲイルと同じ方法では守れない」と言い切ってる時点で、2人の間でマーゴの子は結局失われるしかないものだったんだろうなあ。その未来をすべて自分で仕組んだうえで、父親になったウィルを想像して微笑できるハンニバル。まぎれもなくサイコパスなんだけど、かわいそうで悲しい怪物をもう怖いとか憎いとか思えないんだよ!涙
ひるがえって、ウィルがなんで泣くほどまでにアビゲイルに執着してるのかがまだ腑に落ちていない私です。理屈で考えたらダメなのかな...。あと映像ではカットされてるんですけど、「何年も閉じ込めてきたものを解き放ち、苦痛の中で感情を迸らせ、危険な行動をとる」って、S3のダラハイドとの死闘を予言してるみたいな表現だなあと思う。

ティーカップの話はもっとずっと後でまとめてやらないとですが、このくだりで「余ったパーツは現場で拾われた(Extra parts were harvested on-site. )」って付け加えられてるの、これ次のシヴァ神のシーンでゼラーが言う台詞そのまんまです。ここでシヴァ神を作ったのがハンニバルだとわかるようになってるんですね。

S2E11: Ko No Mono 骨ごと全部?

巣立ちを迎えたウィルが通過儀礼としてズアオホオジロを食べるシーン。スクリプトではウルフトラップを訪ねてきたアラーナに銃を渡すシーンの後になるのですが、映像ではS2E10が2人の食事シーンで終わり、食事シーンでS2E11が始まります。こっちのほうがいいな。
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

CLOSE ON A FLAMING COCOTTE, the fire flickering wildly. CAMERA PULLS BACK to reveal HANNIBAL placing it on the table in front of Will. As the flames die down, we reveal TWO THUMB-SIZED BIRDS sizzling in their own fat and flesh.
 ト書き:燃え上がるココット皿をクローズアップ。火が激しく燃えている。カメラを引くと、ウィルのテーブルの前に皿を置くハンニバルが現れる。炎が鎮まると自身の脂で焼けている親指サイズの二羽の鳥。
HANNIBAL: Among gourmands, the ortolan bunting is considered a rare-butdebauched delicacy. A rite of passage, if you will. Preparation calls for the songbird to be drowned alive in Armagnac. It is then roasted and consumed whole in a single mouthful.
ハンニバル:美食家の間では、ズアオホオジロは稀少な珍味として尊重されている。言うなれば通過儀礼だね。鳥をアルマニャックに生きたまま漬けて溺死させる。そしてローストし、ひと口で食べるんだ
WILL: Ortolans are endangered.
ウィル:ズアオホオジロ絶滅危惧種ですよ
HANNIBAL: Who amongst us is not?
ハンニバル:私たちの間で絶滅危惧種にならない者がいるかな? *1
WILL: I haven't been gorged, drowned, plucked and roasted. Not yet.
ウィル:僕は腹いっぱい食わされ、溺死させられ、毛をむしられてローストされたことはない。まだね
HANNIBAL: Traditionally, during this meal, we're to place shrouds over our heads, hiding our faces from God.
ハンニバル:この食事の間は布で頭を覆い、神から顔を隠すのが伝統だ
- Hannibal picks up one of the birds by its head.
 ト書き:ハンニバル、鳥を一羽頭から摘まみ上げる
HANNIBAL: I don't hide from God.
ハンニバル:私は神から隠れない
- Will picks up his own bird. Raises it in a toast.
 ト書き:ウィル、自分の鳥を摘まみ上げる。掲げて乾杯する
WILL: Bones and all?
ウィル:骨ごと全部?
HANNIBAL: Bones and all.
ハンニバル:骨ごと全部だよ
- Following Hannibal's lead, Will places the bird in his mouth. As the flavor fills his mouth, Will nods in appreciation. It's clearly delicious, despite the CRUNCHING of tiny bones. Never taking his eyes off of Will, Hannibal draws in the bird's head and beak, blithely crushing them between his molars before continuing.
 ト書き:ハンニバルの導きに従い、ウィルは鳥を口の中に。風味が彼の口内を満たし、賞賛を込めて頷く。小さな骨がパキパキと砕けていくが、その味は疑いもなく美味だ。ハンニバルはウィルから決して目を離さず、鳥の頭と嘴を吸い、臼歯の間で噛み砕く
HANNIBAL: After my first ortolan, I was euphoric. A stimulating reminder of our power over life and death.
ハンニバル:私は最初にズアオホオジロを食べたとき、多幸感にあふれていた。生と死に対する私たちの力、その刺激的な思い出だ
WILL: I was euphoric when I killed Freddie Lounds.
ウィル:フレディ・ラウンズを殺したとき、僕は多幸感にあふれてた
HANNIBAL: Tell me, Will, did your heart race when you murdered her?
ハンニバル:教えて、ウィル。彼女を殺したとき鼓動は速くなった?
WILL: No. It didn't.
ウィル:いいえ、いつも通りでした
HANNIBAL: A low heart rate is a true indicator of one's capacity for violence. One might say you are genetically predisposed to it.
ハンニバル:低い心拍数は暴力の素質を示す真の指標だ。きみには暴力への遺伝的素因があるのかもしれないね
WILL: This is my design?
ウィル:これが僕の設計図?
HANNIBAL: Your design is evolving. Your choices affect the physical structures of your brain.
ハンニバル:きみの設計図は進化している。きみの選択が脳の物理的構造に影響を与える
WILL: Killing's changed the way I think?
ウィル:殺人が僕の考え方を変えた?
HANNIBAL: Yes. You must understand that blood and breath are only elements undergoing change to fuel your radiance. Just as the source of light is burning.
ハンニバルそうだ。血と呼吸はきみが輝きを増すための変化を与える要素に過ぎないと理解しなくては。光の素が燃焼であるのと同じだと

小鳥ちゃんはおいしかったんですね!ウィルは全然おいしそうに見えてなかったから逆にびっくりだ。
このシーンのカメラワークが本当にえろくて紛れもなくAVなんですけど、ト書き様が何も言ってないってことは現場の演技指導なのかな。「通過儀礼」が先に出てくると印象操作というか、メラネシアとかパプアあたりの通過儀礼をおもわざるをえません。少年が一人前の男になるためには年長者の精液を浴びないといけないっていうアレ。これ隠喩なんですよね?腐ってない人はこの一連のシーンを見て一体何を思うの?

後半の会話はわりと原作への目配せが多いです。原作のレクター博士は人を殺すときに心拍数が85/分を超えることはない、とか。あと最後の血と呼吸のくだりは「レッド・ドラゴン」のダラハイドの台詞です。レクター博士なら血と呼吸が自分の輝きを増す要素に過ぎないとわかってくれる、という文脈で出てきた。

カットされた会話でたいへん混乱してるんですけど、ウィルはお決まりの「This is my design」と言ってる。でもこれ、今まで字幕・吹き替えで訳されてた「僕の見立てだ」だと意味が通らない...。遺伝的素因の文脈でdesignが出てきたら、ふつうは設計図と訳します。生命の、遺伝子の、DNAの設計図。生命の設計図は常に書き換えられるので進化してもおかしくないし、むしろ書き換えるためにハンニバルはあれだけの仕打ちをしたのだし。...シーズン1では「僕の見立てだ」で特に違和感なく素通りしてたけど、ここだけ別の意味なのかしら。
あと行動選択が脳の神経ニューロンに影響を与える、というのは脳生理学のトピックスです。字幕で見てるとこのくだりはすごく謎めいた会話なんだけど、専門用語を省略しなければ特に問題なく意味は通るような...。

*1:ここ字幕だと「私たちと似てる」なんですけど、意訳にしてもこの英文からそんな意味はとれないような気がする。私の知らない連語がある?それとも直後のウィルの皮肉に引きずられた?

S2E10: Naka-choku どう料理するかはあなたが教えて

もうしばらく未映像化シーンはないと思います!のんびりやっていこうね。やたら長かったS2E10もラストシーン、ラウンズの腰肉(偽)で一緒にお料理→お食事するウィルとハンニバル。ここはもうとにかくト書きがすべてです。

- Will is organizing his groceries on the counter as Hannibal looks on. Onions, assorted bell peppers, garlic cloves, tomatoes, potatoes and ginger are ready for prep.
 ト書き:ウィル、ハンニバルに見られながらカウンターに食材を並べる。玉ねぎ、パプリカ、ニンニクの芽、トマト、ジャガイモ、生姜が並べられる
WILL: I provide the ingredients, you tell me what we should do with them.
ウィル:食材は僕が提供します。どう料理するかはあなたが教えて
HANNIBAL: What's the meat?
ハンニバル:何の肉かな?
WILL: What do you think?
ウィル:何だと思います?
- Hannibal smiles at that. Cuts the string and unrolls the paper to reveal a LOIN OF MEAT. Long and slim. He bends and smells it. Hannibal looks up at Will with a smile. Because he knows what this is. He looks proud.
 ト書き:ハンニバル、その言葉に微笑む。紐を切り、紙を広げて腰肉を取り出す。細長い。彼はかがんで匂いを嗅ぐ。ハンニバルは微笑みながらウィルを見上げる。彼はこの肉が何か知っているから。彼は誇らしげだ
HANNIBAL: Red meat, but only just. Veal? Pork, perhaps?
ハンニバル:赤身だが、それだけじゃない。子牛の肉?あるいは豚かな
WILL: She was a slim and delicate pig.
ウィル:彼女はスリムでデリケートな豚でしたよ
HANNIBAL: I'll make you a pork lomo saltado. We'll make it together.
ハンニバル:ではきみに豚のロモサルタードを作ろう。一緒に作るんだ
- Hannibal hands Will a knife and nods to the chopping board. Will grabs the ginger root among the ingredients.
 ト書き:ハンニバル、ウィルに包丁を手渡し、頷いてまな板を示す。ウィル、食材の中から生姜を手に取る
HANNIBAL: You slice the ginger.
ハンニバル:生姜を切って
- Hannibal looks at Will closely now. Intent.
 ト書き:ハンニバル、今やウィルを親密に、一心に見つめている

 

- Will and Hannibal at the table -- beautifully-presented plates before them. Hannibal smiles, watches Will as he raises a forkful of the meat and eats it. Hannibal is satisfied. Takes a mouthful himself and savors it. He knows the flavor. No hiding it. He looks at Will.

 ト書き:ウィルとハンニバルはテーブルにつき、その前には美しく盛られた料理。ハンニバルは微笑み、ウィルを見ながら肉を一切れ持ち上げて口に。ハンニバルは満足し、口いっぱいに含み味わう。彼はこの味を知っている。もはや隠しようもない。彼はウィルを見る。
HANNIBAL: The meat has an interesting flavor. It's bracing. Notes of citrus.
ハンニバル:この肉はおもしろい風味がするね。さわやかな、シトラスのような風味だ
- Will savors the flavors of the dish.
 ト書き:ウィル、料理を味わう
WILL: My palate isn't as refined as yours.
ウィル:僕の味覚はあなたほど洗練されていないから
HANNIBAL: Apart from humane considerations, it's more flavorful for animals to be stress-free prior to slaughter. This animal tastes frightened.
ハンニバル:人道的配慮を別にしても、動物は屠殺前にストレスがないほうが味がよくなる。この動物は恐怖の味がするね
WILL: What does "frightened" taste like?
ウィル:「恐怖」はどんな味がする?
HANNIBAL: It's acidic.
ハンニバル:酸味だ
WILL: The meat is bitter about being dead.
ウィル:この肉は死んだことを苦々しく思ってますよ
- Hannibal is amused by that notion.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの考えを面白がる
HANNIBAL: This meat isn't pork.
ハンニバル:この肉は豚ではないね
WILL: It's long pig.
ウィル:人肉です
- Will takes a bite. Hannibal watches him intently, proud.
 ト書き:ウィル、ひと口食べる。ハンニバルはウィルを一心に、そして誇らしくみつめる
WILL: You can't reduce me to a set of influences. I'm not the product of anything. I've given up good and evil for behaviorism.
ウィル:僕を「一連の影響の結果生じたもの」という存在に引き下げることはできませんよ。僕は何かの産物じゃない。行動主義心理学のために善と悪を分けることはもうやめてしまった *1
HANNIBAL: Then you can't say that I'm evil.
ハンニバル:それならきみが私を悪ということはできないね
WILL: You're destructive. Same thing.
ウィル:あなたは破壊的です。悪と同じことだ *2
HANNIBAL: Evil's just destructive? Storms are evil, if it's that simple. And we have fire, and then there's hail. Underwriters lump it all under "Acts of God." Is this meal an act of God, Will?
ハンニバル:悪は単に破壊的だと思う?それなら嵐も悪だ、もしそんなに単純な話なら。そして火災も雷もある。保険業者はそれら全てを「天災」でひと括りにする。この食事も天災かな、ウィル?
- Hannibal takes a final bite and we...
 ト書き:ハンニバル、最後の一切れを口にする

もうね、ここのハンニバルはト書きでずーーーーーっとウィルのことみつめつづけてるの...。誇らしく、一心に。これまでのハンニバルの人生でいちばん幸せなのはまちがいなく今この瞬間なんだろうなあってほど熱心に。映像ではハンニバルが手渡した包丁にウィルの顔が映る演出があって、S2E1のオープニングのジャック v.s. ハンニバルの死闘前の演出を連想してしまうのですが、ぜんぜん裏はなかった。ハンニバルはただ幸せなだけです。だって好きな相手が狩ってきた共通の敵の肉と食材を一緒に料理して、一緒に食べてくれるなんて彼の人生にはありえなかった。自分の核を隠すことも偽ることも一切しなくていい。しかも相手を「そう」したのは自分で、まだ彼は成長過程で、ハンニバルは誇らしくてしかたない。あーもうつらくなってきた、シーズン1の終盤と違う意味でしんどい。

*1:これ、原作ではレクター博士クラリスに対して批判的にいう台詞です。ここではウィルがハンニバルに挑発的に話すので、役割が真逆になってる。後半はずっと原作へのオマージュの台詞が続きますが、字幕はたぶん原作をふまえてないので、ちょっと文脈がずれてるかも...。ちなみに行動主義っていうのは心理学の一勢力で、別勢力精神分析の逆と捉えるとわかりやすいです。行動主義が外からみた行動だけを観察することで人間を把握しようとするのに対し、精神分析は内側から見た心理を分析することで人間を把握しようとする。ハンニバル・レクターは必ず精神分析の立場をとる。必ず。

*2:ここからウィルがクラリスの台詞を喋りだし、役割交替になります。ドラマ版のウィルとハンニバルは原作のレクター博士の要素を半分ずつ分け合っていて、だからこのシーンの暗転直前に2人の顔が溶け合って1人のように見えるんだと思う。

S2E10: Naka-choku ウィル・グレアムはレズビアンではないね

S2E10の映像化されなかったシーン3つめ。あのポリガミーなおせっせシーンの直後、マーゴとハンニバルのセラピーにて。
(※青字スクリプトにしかないセリフです)

MARGOT: I had sex with one of your patients. Will Graham. How does that make you feel?
マーゴ:あなたの患者、ウィル・グレアムとセックスしたわ。どんな気持ち?
HANNIBAL: Curious. (off her look) Will Graham is not a lesbian.
ハンニバル:興味深い。ウィル・グレアムはレズビアンではないね
MARGOT: He sure made a go at it.
マーゴ:そうね、彼確かにイったもの
- Hannibal smells the air, processing what he breathes in.
 ト書き:ハンニバル、空気の匂いを嗅ぎ吸い込んだ成分を解析する
HANNIBAL: Was Will aware of your intention to get pregnant, Margot?
ハンニバル:マーゴ、ウィルは妊娠という君の意図に気づいていたのかな?
MARGOT: Wasn't it your intention for me to get pregnant, Dr. Lecter?
マーゴ:私の妊娠はあなたの意図ではなかった?
HANNIBAL: Your life's been threatened. We experience a greater desire to have children when reminded of death.
ハンニバル:君の人生は常に脅かされてきた。人は死を思うとき、子を持ちたいという強い欲求を持つ
MARGOT: The more we think about dying, the more we focus on what matters?
マーゴ:人は死について思うほど、大切なものに集中する?
HANNIBAL: What matters to you, Margot? After you fought your brother so long.
ハンニバル:長きにわたるお兄さんとの闘いの後で、君にとって重要なものは?
MARGOT: You may not believe this, but it's not just the money. Well, it is a little bit, but I do want a child. It would be nice to have some small part of me get away from him.
マーゴ:あなたは信じないかもしれないけど、お金だけじゃない。いえ、もちろん少しはお金のこともあるわ。でも子どもがほしいのは本当。兄から逃れた私に小さな自分がいれば素敵だと思う
- Hannibal looks at Margot in a new light, curious.
 ト書き:ハンニバル、マーゴを好奇心の観点から見直す
HANNIBAL: Much of what men do can be attributed to a desperate need to immortalize themselves. Women, however, can take a more direct route and create new life.
ハンニバル:男が行うことの多くは自身を不死にしようとする絶望的な欲求に帰結する。だが女性は自ら新たな命を創造するという最短ルートをとることができる
MARGOT: It's one way to have a legacy.
マーゴ:それが遺産を得る唯一の方法だから
HANNIBAL: It's one way to get what you need. You require an heir, Margot. If you were to have a boy...
ハンニバル:君が必要とするものを得られる唯一の方法だ。マーゴ、君は相続人を必要としている。もし男の子ができれば...
MARGOT: I would find a way to kill Mason and take everything back.
マーゴ:メイソンを殺し、すべてを取り戻す方法が見つかる
HANNIBAL: I know you would, I like that about you. You're much more interesting, more capable than your brother. Professionally, this is the sort of catharsis I have to recommend.
ハンニバル:できるよ、君のそういうところは好ましい。君はお兄さんよりよほど興味深くて有能だ。専門的観点から言うと、これは推奨すべきある種のカタルシス治療だよ

マーゴちゃんんんん!!?まさかハンニバルにこんな剛速球投げてたとは思わなかったよ!なにこの背徳感。マーゴはベデリアさんやギデオンほどこの世界を俯瞰してないけど、ハンニバルのパターンとウィルの脇の甘さを早々に見抜いたあたりすごく賢くて、ハンニバルの興味の対象になってしまうのも頷ける。ちなみに原作マーゴは筋肉質のバリタチビアン設定なんですよね。しかしハンニバルは妊娠も嗅ぎわけるのか...。
そしてここに至ってウィルだけがハンニバル⇔アラーナの関係を知る段階から、ハンニバルもウィル⇔マーゴの関係を知る段階になる。実際のドラマ映像ではS2E11で2人同時にマーゴの妊娠を知るのですが、ハンニバルがその事実を知る地点がもっと手前の「ここ」だったなら、モヤってたいろいろなことが腑に落ちます。
ちょっと先走ってしまいますが、S2E11で2人が酒漬け幼鳥ローストを食べるとき、ハンニバルは「通過儀礼(rite of passage)だ」という。成人前の少年に同じ共同体の年長男性が課すアレですね。ドラマの流れでは次にマーゴの妊娠発覚がきて、その後ハンニバルがラウンズのニセ遺体でシヴァ神を作る。シヴァ像をみたアラーナは「これは(ハンニバルからウィルへの)求愛だ」と言う。求愛(courtship)はそのまんま、人間なら求婚だし動物なら求愛行動です。ほかに訳しようがない。ハンニバルはウィルに求め続けてきた友情も、いま構築してる擬似親子の関係も崩して次の段階にいこうとしてる。ハンニバルがアプローチの仕方を急に変えたのは、まさにこのマーゴちゃんの爆弾発言がきっかけなんじゃないか、と思いはじめました今。
生々しいうえ突飛な話が続いてたいへん恐縮ですが、同情以外に愛も恋も介在しないマーゴとの性交/妊娠は、ウィルの性的な成熟しか意味しない。これはS1でハンニバルがウィル→アラーナの淡い恋を知ったときとは意味が異なります。ウィルとハンニバルの実年齢の設定を知らないのですが、ウィルは第1章(S2E8)まで徹底的に無性化されている。アラーナへのそれが性欲として描写されたことはなかったし、FBIの調査協力でも異常性欲が絡む事件には一切関わってこなかった(猟奇殺人に性的動機がないほうが珍しいのに)。30代?のはずのウィルは不自然なほど少年じみた存在、去勢された存在として描かれています。実際にどうかではなく、あくまでドラマの表象として。...ということはハンニバルにも「そう」見えていたはずです。だから思わぬ方向からウィルの成熟を知らされたハンニバルは友情と親子関係を捨てて、ウィルに通過儀礼を課して(=ひな鳥を喰わせ)、自ら求愛する(=シヴァを作る)。他のだれかと番われてアビゲイル以外の子を作られては困るから。...という思いつきの仮説なんだけど、ほかの箇所と整合性とれるのかなこれ。湧きあがる不安。あ、シヴァを作る意味はできればS2E11で詳しめにやりたいです...。

ウィル/ハンニバル/アラーナの晩餐会は字幕通りなので対訳しませんが、ただこのシーンの意味だけ押さえておくと、初見で私が勘違いしたみたいにアラーナ v.s.ウィルでキャットファイトしてたんじゃなくて、むしろウィルはラウンズとアラーナをハンニバルから守りたくて必死だったんですね。ごめんよウィル...。真相に気づいた人間はもれなくハンニバルに殺されてしまうから、これ以上誰も死なせたくないウィルは何とかこのまま犠牲者を増やさずハンニバルを逮捕したい。でもアラーナはハンニバルの前でラウンズが2人の関係性と殺人を疑ってると口にしてしまった。これはハンニバルに「ラウンズを殺せ」と言ったに等しくて、だからウィルは不機嫌で苛立ってる。実際この時点でハンニバルはラウンズを殺す気になってるので、ウィルは何とかハンニバルより先回りしてラウンズ殺害を偽装しなくてはならなくなった。...という流れから、ラウンズの宿泊先でキルスーツで待ちぼうけくらった博士になるわけです(これ1回観ただけで意味わかります?私ぜんっぜんわかってなかったよ!)
で、また先走りますがアラーナはS2E11で徐々に真実に気づいていき、ジャックを問いただし匿われたラウンズと対面して衝撃を受けます。映像を観てたときは愛した男が殺人鬼とわかってショック受けたのかな?と思ったけど、全然違った。スクリプトのト書きにはこう書かれています。「彼女を打ちのめした事実の重さを知り、両目に涙があふれる。彼女はウィル・グレアムを恐ろしい危険に晒し続けてきたのだ」。つまりアラーナは自らウィルを殺人鬼に引き合わせ、セラピーを頼み、さらに危険の最前線=ハンニバルの隣に留め置いて自分は守られてきたことに気づいてしまう。これはもう生き地獄です。だからS3の彼女は殺したいほど憎くて恐ろしいハンニバルを野に放つことになってでも、ウィルの命をハンニバルに救わせたんですね。

S2E10: Naka-choku 食事もまだ親鳥に頼ってる

S2E10には映像化されなかったのがもったいなくて泣きそうなシーンが3つあります。今日はそのうちの2つ。
まずは1つめ、ウィルが展示したランドールの死体をジャックの前で見立てた後、夜のセラピーと見せかけて内輪で揉めてる二人。ハンニバルは思春期の息子に手を焼く父親のようで、ウィルはまた上手にお座りできてない。
(※青字スクリプトにしかないセリフ・ト書き、赤字は映像にしかないセリフです)

- Hannibal sits still in the chair as Will Graham moves around him, picking things up, putting them down. Amped somehow. An athlete after the race, adrenalin still coursing his system.
 ト書き:ハンニバル、椅子に静かに座っている。一方ウィルはハンニバルの周りを歩き回っている。物を持ち上げたり下ろしたり、どことなく興奮気味。レース後のアスリートのように、アドレナリンがまだ彼の全身を駆け巡っている
HANNIBAL: You're playing a dangerous game.
ハンニバル:きみは危険なゲームに興じてる
WILL: We once caught a killer who went to his victims' funerals just so he could console their loved ones.
ウィル:遺族を慰めるためだけに自分が殺した被害者の葬儀に出た殺人鬼を逮捕したことがありますよ
HANNIBAL: Jack Crawford is no grieving widow. Not so long ago, we were both suspects for crimes just like this.
ハンニバル:ジャックは悲嘆に暮れる未亡人ではないよ。それについ最近まで私たちは異常殺人の被疑者だった
- Will turns to Hannibal:
 ト書き:ウィル、ハンニバルに向き直る
WILL: That's why I can't be a suspect this time. Or you. When you framed Chilton, you exonerated me and yourself. He was the broom that swept our tracks.
ウィル:それが今回、僕やあなたが被疑者になってしまう理由です。チルトンを犯人に仕立て上げたとき、あなたは僕とあなた自身の潔白を証明できた。彼が僕らの痕跡を掃き清めてくれたから
- Hannibal does not react to this. Instead:
 ト書き:ハンニバル、これには答えない。かわりに:
HANNIBAL: Why didn't you dispose of the body? It was the prudent course.
ハンニバル:なぜ遺体を処理しなかった?それが賢明な方法だったのに
WILL: Randall deserved to be seen.
ウィル:ランドールには見られるだけの価値があった
HANNIBAL: Randall, or your work on him?
ハンニバル:ランドール自身に?それともきみの作品に?
WILL: You called it "artistry." Is that how you see your own efforts?
ウィル:あなた「芸術」と言ったでしょう。ご自分がやってきたことをどう捉えるかでは?
HANNIBAL: I also called it "savagery." You mutilated the body. Displayed it.
ハンニバル:私は「野蛮」とも言ったよ。きみは死体を切り刻み、展示した
WILL: The bird is leaving the nest, Dr. Lecter. Spreading his wings.
ウィル:レクター博士、ひな鳥は羽を広げて巣立とうとしてるんだ
HANNIBAL: A newly-fledged bird is at his most vulnerable. Still relies on his parents for food. He can fly, but he has to learn to hunt.
ハンニバル:羽根が生えそろったばかりの時期がいちばん攻撃されやすい。食事もまだ親鳥に頼ってる。飛ぶことはできても、狩ることを学ばなくてはね
WILL: And they learn via imitation. There is a mantra in medical tuition you must know: watch one, do one, teach one. I've seen plenty, Dr. Lecter.
ウィル:鳥は真似することで狩りを学ぶ。あなたがよく知ってる医学教育にお題目があるでしょう。「見せて、やらせて、それを誰かに教える」。レクター博士、僕はもう十分見てきた
- Hannibal doesn't answer to that. Instead:
 ト書き:ハンニバル、これにも答えない。かわりに:
HANNIBAL: How did it feel? To manipulate what was a living man into a message all of your own.
ハンニバル:どんな気分だった?生きた人間だったものに細工して、きみのすべてを込めたメッセージにするのは
WILL: Like I wasn't finished till I had.
ウィル:成し遂げるまで終わらないと感じてた
- Hannibal absorbs this.
 ト書き:ハンニバル、その意味を理解する
HANNIBAL: Did you take a trophy too, Will?
ハンニバル:ウィル、きみもトロフィーを手にした?
WILL: A memento of my first rodeo? What do you think?
ウィル:僕の最初のロデオの記念品?あなたはどう思う?
HANNIBAL: I think it would be the act of a serial killer.
ハンニバル:立派に連続殺人犯の行動だと思うよ
WILL: By definition, one body doesn't make me a serial killer.
ウィル:定義上1人だけでは連続殺人犯にはなりませんよ

ここすごい大事じゃないですか...?ランドールをウィルが単独で殺してトロフィー(S1E1)にしたからこそ、次にシリアル・キラーとして「自分よりも先にラウンズを殺して肉を持ち帰った」とハンニバルが信じるに足る十分な理由になる。
それにしても「食事は親鳥に頼ってる」とか、もう口移しの食餌行為しか想像できないよパトラッシュ...。製作側もこれわかってやってるよね?統制下のエロ本のやり方ですねありがとうございます。しかしウィルはハンニバルに対する甘えが過ぎると思う。ハンニバルを騙そうと自分を捻じ曲げてやってるなら超人だけど、ウィルはそうじゃなくて半分くらい素のまま深みにはまっていってる。ほんとに腹裂かれたくらいで済んでよかったね!
あ、そういえばこのシーンあってのS2E11冒頭のひな鳥酒蒸し踊り食い(料理名わすれた)なのでは?という気がしてきたな。ひな鳥の隠喩がこれだけ重ねられた後なら、ゲテモノ喰いの意味は変わってきますよね。やっぱりここカットしないほうがよかった気がするよー。見たいよー。

次はちょっと手抜きです。S2E10で一番ボリュームがでかいのは(マーゴ⇔)ウィル⇔アラーナ⇔ハンニバルの入れ替わりセックスシーンなんですが、これぜんぶ訳すとカメラワーク含めて絶望的に長いので、大事なところ(=実際の映像と違うところ)だけ抜粋。

- As Hannibal pulls back OUT OF FRAME, we follow his movement, but it is now WILL that we see, darkness of the room behind him. Beneath him, Alana; they kiss passionately, rolling onto their sides. Will opens one eye, looking beyond Alana to Hannibal watching him intently as he makes love to her.
 ト書き:ハンニバル、フレームの外に。彼を追っていくとハンニバルがウィルに変わっており、ウィルの後ろの部屋には暗闇が広がっている。ウィルの下にはアラーナがいて、彼らは情熱的にキスしながら寝返りを打ち、横倒しになる。ウィルが片目をあけ、彼女とセックスする自分を熱心にみつめるハンニバルをアラーナの肩越しに見る

あっあっこれはダメです萌え殺されるやつです。映像だとウィルがアラーナ越しに睨んでたのはウェンディゴ(※黒せんと君)。でもスクリプトだと黒せんと君は出てこなくて、生身のハンニバルが性行為中のウィルを熱心にみつめていて、それをウィルが片目で女の肩越しに見ながら...ということ。しかもこれはウィルの心象風景なんですよね。ウィルが好きだと言っても「不安定だから」と保留されたアラーナを易々と抱けるハンニバル(=男性性)への羨望と、ハンニバルという魅力的な怪物に疑いも苦悩もなく無心に溺れられるアラーナ(=女性性)への羨望と。ほんとなんなのこのドラマ。最高か。最高か!
ちなみにウィル・アラーナ・ハンニバルの三つ巴はこう描写されてます。
「カメラを引くと、ウィルとハンニバルの隣に配置されたアラーナ。精神的なメナージュ・ア・トロワが明らかに(CAMERA PULLS BACK to reveal Alana FLANKED by Will and Hannibal in a psychological menage a trois.)」
メナージュ・ア・トロワは日本語だと3人婚が近いのかな?だいたいが男1:女2のカップルですが、彼らは男2:女1で、しかもアラーナが何も知らず本当の意味で愛されてないのがつらくて正視できない。かつて預言者ギデオンが「捨て駒」って言ったの、ここでボディブローのようにじわじわ効いてくるな...。