Eat the Rude.

NBC版ハンニバルを捏ねくりまわすよ

S2E10: Naka-choku あなた以外に行く場所なんかない

S2E10はほぼ全シーン濃密で捨て所なく、しかも映像化されてない台詞が多い修羅の道。ここからS2E13ラストまでが39話通していちばん負荷がでかいと思います...。ぼちぼちやっていこう、ぼちぼち。とりあえずは前回の続き、ランドールの死体をハンニバル宅に持ってきたウィルと、治療するハンニバル
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

- Hannibal is facing Will across the dining table. RANDALL TIER'S CORPSE Lies across the table. His head lolling at an unnatural angle. A piece of paper is pinned to his chest. On it is written: "Return to Sender." Finally Will steps out of the shadows:
 ト書き:ハンニバル、ダイニングテーブル越しにウィルと対峙する。ランドールの遺体はテーブル上に横たわり、彼の頭は不自然な角度でだらりと垂れている。胸にピン留めされた紙切れには「送り主に返送する」と書かれている。ウィル、ようやく暗闇から姿を現す
WILL: I'd say this makes us even. I sent someone to kill you... you sent someone to kill me. Even-steven.
ウィル:これで僕たちはイーブンになった。僕はあなたを殺すために人を差し向けた。あなたは僕を殺すために人を差し向けた。五分と五分だ
HANNIBAL: Consider it an act of reciprocity. One positive action begets another.
ハンニバル:相互応報的動機に基づく行動と考えなさい。好意的な行動は相手の好意的な行動を引き出す *1
WILL: Polite society normally puts such a taboo on taking a life.
ウィル:儀礼的社会はふつう殺人を禁じるものですよ
HANNIBAL: Without death, we'd be at a loss. It's the prospect of death that drives us to greatness. Did you kill him with your hands?
ハンニバル:死がなくては私たちは途方に暮れてしまうよ。人を高みに押し上げるのは死への展望だ。彼を両手で殺した?
- Will holds up his bloody, bruised knuckles.
 ト書き:ウィル、血まみれで傷ついた拳をかざす
WILL: It was... intimate.
ウィル:あれは一体感だった *2
HANNIBAL: It deserves intimacy. You were Randall Tier's final enemy.
ハンニバル:両手で殺したなら一体感と言っていい。きみはランドールの最後の敵になった

- EXTREME CLOSE ON A PORCELAIN PAN It's filled with warm water and Epsom salts. Will's bloody, bruised hands are submerged, tinging the water pink. ON WILL AND HANNIBAL; They sit at one end of the dining room table, Randall Tier's body still splayed across it. Hannibal removes Will's hands from the Epsom salts bath, drying them. Will stares absently as Hannibal treats his wounds. Hannibal clocks the retreat.
 ト書き:陶器に温水と硫酸マグネシウムが満たされている。ウィルの血まみれの傷ついた手が水をピンクに染めながら沈んでいく。ウィルとハンニバルはダイニングルームのテーブルの端に座り、ランドールの遺体はまだテーブル上にある。ハンニバル硫酸マグネシウム溶液からウィルの手を掬い上げ、水分を拭きとる。ウィルは傷の手当てをするハンニバルをぼんやり眺めている。ハンニバル、ウィルが沈潜する時間を計っている
HANNIBAL: Don't go inside, Will. You'll want to retreat. You'll want it as we want to jump from balconies, as the glint of the rails tempts us when we hear the approaching train.
ハンニバル:ウィル、自分の中に逃げ込むな。撤退したくなるから。バルコニーから飛び降りたくなるように、電車が近づく音を聞くとレールの輝きに誘惑されるように
- Hannibal applies salve to the cuts and bruises on Will's hands, gently rubbing the ointment into his open wounds.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの両手のすり傷と打撲に軟膏を塗り、開いた傷口に軟膏剤を優しく擦りこむ
HANNIBAL: Stay with me.
ハンニバル:私といなさい
- Hannibal carefully wraps gauze bandages around Will's hands.
 ト書き:ハンニバル、ウィルの両手をガーゼの包帯で丁寧にくるむ
WILL: Where else would I go?
ウィル:あなた以外に行く場所なんかない
HANNIBAL: You have everywhere to go. As long as you buttress your mind against deterring forces like guilt. You should be quite pleased. I am.
ハンニバル:きみはどこへでも行ける。沸き起こる罪悪感を阻むための心を強くもってさえいれば。きみは喜ぶべきなんだよ。私は喜んでいる
- Will stares at Randall Tier's body on the table before him.
 ト書き:ウィル、目の前のランドールの遺体をじっと見る
WILL: Of course you are.
ウィル:あなたはそうでしょうね
HANNIBAL: When you killed Randall, did you fantasize you were killing me?
ハンニバル:ランドールを殺したとき、私を殺すことを想像した?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
- That makes Hannibal smile.
 ト書き:その答えにハンニバルは微笑する
HANNIBAL: Most of what we do, most of what we believe, is motivated by death.
ハンニバル:私たちの行動、信念の多くは死によって動機付けられている
WILL: I don't think I've ever felt more alive than when I was killing him. I've never felt as alive as I did when I was killing him.
ウィル:彼を殺したときよりも自分が生きてると感じたことはないと思う。彼を殺したとき、初めて自分が生きてると感じた
HANNIBAL: Then you owe Randall Tier a debt. How will you repay him?
ハンニバル:それならランドールに借りができたね。どうやって借りを返す?

とても淫靡です。ありがとうございました。
あ、あともしかしてハンニバルはウィルに殺されたいんです?なんか嘘をつかなくなってから博士はずっと殺してほしそうなんだけど、この段階で「一緒に生きる・逃げる(不可能)>殺される(理想)>捕まる(裏切り絶許)」って感じじゃない?ウィルがどこにも行けないことはこの時点でハンニバル諦めてそうじゃない...?

次、記念碑になったランドールの見立てのシーン。

WILL: Don't mistake empathy for understanding, Jack. NO, if there's anything, it's... it's envy.
ウィル:理解と共感を間違えないで、ジャック。違う、もし何かあるとしたらそれは羨望だ
JACK: Envy?
ジャック:羨望?
WILL: Randall Tier came into his own much easier than whoever killed him.
ウィル:ランドールは彼を殺した犯人よりもずっと簡単に自分の理想を具現化した
HANNIBAL: This is a fledgling killer. He's never killed before, not like this.
ハンニバル:この殺人犯は巣立ちしたばかりのひな鳥だ。彼はこんなやり方で人を殺したことはなかった
WILL: Not like this, No. This is the nightmare that followed him out of his dreams.
ウィル:そう、こんなやり方では。これは夢の中から犯人を追ってきた悪夢なんだ
- OFF Hannibal inscrutably fascinated with his subject --
 ト書き:謎めいた表情で彼の被験者に陶酔するハンニバルで暗転

たぶんS2E10の裏テーマは「羨望」なんですね。ウィルができないことを葛藤なく簡単に成し遂げてしまう人たちへの。つまりランドールへの羨望、ハンニバルへの羨望、そしてアラーナへの羨望、です。
あと特筆すべきは最後のト書き。ハンニバルは彼の被験者(=ウィル)に魅了されてうっとりしている。彼はウィルがどんな思いでこの狂気の作品を作り上げたかこの現場を見るまで知らなかったから。ウィルは悪夢を現実にしたのだと知って、その姿に魅了されている。たぶん次の更新で出てくるんですけど、ランドールを獣にしたのはウィルの単独行動です。初見ではハンニバルが手助けして一緒にやったと思ってたからびっくりした。S2E10のハンニバルは本当に幸せの絶頂すぎて、あの雨の夜を思うと吐きそうなくらいしんどい。

*1:Reciprocityは心理経済学のことばで、相互応報的行動原理、あるいは好意・悪意の返報性。たとえ合理的でなくても、好意的な反応には思わず好意的な反応を返しちゃうよねっていう心の動きのこと(このドラマのブレーンには心理経済学ベースの人間が入ってる?ベデリアさんも以前心理経済学の合理性の話してたような)。だから字幕の「互いのためにしたことだ」はかなり意味が違ってきます。ハンニバルはともかく、ウィルがハンニバルのためにハンニバルを殺すのはありえない。ここでハンニバルが言ってることは強烈な皮肉で、ウィルは五分五分だと主張するけど心理学的にはきみの好意に好意で返しただけだよ、ってこと。ハンニバルがまだまだ上位です。S2E10はひな鳥、巣立ちといった言葉がよく出てくるのですが、2人の保護者-被保護者な歪な関係性はこのあたりがいちばん顕著かもしれない。

*2:うーん、前々回intimacyの訳で「銃は親密さに欠ける」って訳したけどあれ違うな...。たぶん一体感もちょっと違う。字幕は「実感」だけどこれも違う。うまく訳せないけど、やっぱり性欲寄りの意味なんじゃないかなと思います。本能的な、体と体を直接ぶつけて交わる、交合という意味での暴力性のintimacy。

S2E9: Shiizakana 腸チフスも白鳥も天上からやってくる

マーゴとハンニバルの治療について話し合った後、ハンニバルの患者の扱いが徐々にわかってきたウィル。セラピーなのにまた対面で座らない2人です。
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

- CAMERA reveals Will is in a session with Hannibal Lecter, pacing the room, avoiding the chair.
 カメラ、ハンニバル・レクターとセラピーのウィルが椅子を避け、部屋を歩きまわる姿を映し出す
WILL: I'm curious what would happen if your patients started comparing notes, Dr. Lecter. What would Randall Tier have to say to me?
ウィル:あなたの患者同士が診察記録を比較し始めたら何が起こるか興味が湧いてきましたよ、レクター博士
HANNIBAL: What did Randall Tier say to you?
ハンニバル:ランドールがきみに何か言った?
WILL: He said he was much better now. That mental illness was treatable. Randall Tier is a success story.
ウィル:今はすごく調子がいいと言ってた。彼の精神疾患は治療可能で、ランドールは成功事例だ
HANNIBAL: You believe he's innocent?
ハンニバル:きみは彼が無罪だと思う?
WILL: I believe your therapy was successful. You can be persuasive.
ウィル:あなたのセラピーが成功したんだと信じてる。あなたは誘導できるから
HANNIBAL: Persuasion is not coercion.
ハンニバル:誘導は強制ではないよ
WILL: How many have there been? Like Randall Tier? Like me?
ウィル:今までに何人いた?ランドールや僕みたいな患者が
HANNIBAL: Every patient is unique.
ハンニバル:患者は皆それぞれ違う
WILL: Your psychiatrist came to visit me at the hospital before my trial.
ウィル:あなたの精神科医が裁判前に病院まで僕に会いに来ましたよ
HANNIBAL: Dr. Du Maurier.
ハンニバルデュ・モーリア博士
WILL: She told me she believed me. She knew there were others like me.
ウィル:彼女は僕を信じると言ってくれた。僕みたいな患者が他にいることを知ってた
HANNIBAL: Fascinating.
ハンニバル:興味深いね
WILL: Did you kill her?
ウィル:あなた、彼女を殺した?
HANNIBAL: No.
ハンニバル:いや
WILL: What do you think about when you think about killing?
ウィル:殺すことを考えるとき、何を思いますか?
HANNIBAL: I think about God.
ハンニバル:神について考える
WILL: Good and evil?
ウィル:善と悪?
HANNIBAL: Good and evil has nothing to do with God. I collect church collapses. Did you see the recent one in Sicily? The facade fell on sixty-five grandmothers during a special Mass. Was that evil? Was that God? If He's up there, He just loves it. Typhoid and swans, it all comes from the same place.
ハンニバル:善悪は神とは関係がない。私は教会の崩落をコレクションしてる。最近シチリアで起きた崩落を見た?特別ミサの途中、教会の屋根が65人の老婆の上に落ちたんだ。悪魔のしわざ?それとも神の御業か?もし神が天上にいるなら、彼はただその悲劇を喜んでる。腸チフスも白鳥も天上からやってくる
WILL: Does Randall Tier believe in God?
ウィル:ランドールは神を信じてる?
HANNIBAL: Perhaps you should have a more personal conversation with Mr. Tier and ask him what he believes.
ハンニバル:きみはできるならランドールと身体で対話して、何を信じるか尋ねるべきだね

最後のくだりは原作通りのハンニバル・レクターです。教会の崩落記事をコレクションする博士。「腸チフスも白鳥も天上からやってくる」はとてもレクター博士らしい言葉だと思う。
ドラマオリジナルはセラピストとしてのハンニバルの設定です。マーゴもランドールもベデリアさんも、彼女が殺した元患者も、そしてウィルもハンニバルの「暴力に近しい患者」の生簀のなかにいた。ハンニバルにとってランドールは理想の患者だったように思える。なのになんでウィルだけがベデリアさんのいう「ついにあなたの人生をかけた患者」になったんだろう。シーズン1の段階では友情概念でとりあえずは納得したんですが、シーズン2に至ってこれだけでは全然足りない気がしてきたな...。 

次、ハンニバルの言う通り襲撃してきたランドールと身体で会話し、ハンニバル邸にやってきたウィル。ここはト書きが素敵です。

- Walks a circle around the table. He considers the offering. One akin to a mouse left by the cat for its master.
 ト書き:ハンニバル、テーブルの周りを歩き、供されたものをよく観察する。それは猫が飼い主のために置いていくネズミとよく似ている。
WILL: I'd say this makes us even. I sent someone to kill you... you sent someone to kill me. Even Steven.
ウィル:これで僕たちはイーブンになった。僕はあなたを殺すために人を差し向けた。あなたは僕を殺すために人を差し向けた。五分と五分だ

OFF Hannibal surprised by Will Graham a second time ---- and pleased.
ウィル・グレアムに2度目の驚きを---喜びを覚えるハンニバルで暗転

猫が飼い主に獲物もってきて「ほめて!」って言ってくるのかわいいよねうんうん。ウィルが猫で飼い主がハンニバルなのか...そうか...。もう脚本家さんはハンニバルをノベライズすればいいと思うの。そうすれば皆幸せになれる。
あとウィルの最後のセリフはS2E9のスクリプトになくて、同じシーンがS2E10冒頭でもう1回出てくるからそこが初出なのかな。初見時はここで憎み合い殺し合ってるのかと思ったけどまっったくの読み間違いでしたね。ハンニバルはマシューに殺されかけたときと同様、ウィルという存在にこんなにも喜び打ち震えてる。

S2E9: Shiizakana 冷たいメダルのように興奮が胸を突き上げる感覚?

今回はめんどうな考察はないので!さなぎに囁きかけるハンニバルは本当にいかがわしいねっていう話です。セラピーの性的会話2連発。
(※青字スクリプトにしかないセリフ、赤字は映像にしかないセリフです)

- Will sits in the chair across from Hannibal, mid-session.
 ト書き:セッション中、ウィルはハンニバルの向かいの椅子に座っている
WILL: Do you have any regrets?
ウィル:あなたにも後悔はある?
HANNIBAL: With every choice lies the possibility of regret. However, if I choose not to do something, it's usually for a good reason.
ハンニバル:あらゆる選択には後悔の可能性が存在する。だが私が「何かをしない」という選択をしたとき、そこにはよほどの理由がある
WILL: I'm riddled with regrets.
ウィル:僕は後悔にまみれてる
HANNIBAL: A life without regret would be no life at all.
ハンニバル:後悔のない人生などないよ
WILL: I regret what I did in the stables.
ウィル:僕が後悔してるのはピーターの厩舎でしたことです
HANNIBAL: Then, you were lucky I was there.
ハンニバル:それなら私がいて幸運だったね
WILL: Oh, no, no, no. Being lucky isn't the same as making a mistake. The mistake was allowing you to stop me.
ウィル:いや、違う。違います、失敗したことが幸運であるはずがない。あなたに止められてしまったのが失敗だった
HANNIBAL: Then it's not your actions that you regret. It's the lack thereof. So, it's not pulling the trigger that you regret... it's not pulling it effectively.
ハンニバルそれならきみが後悔するのは行動じゃない。行動の欠如だ。/ それならきみが後悔するのは引き金を引かなかったこと...効果的に引かなかったことだ
WILL: That would be more accurate.
ウィル:そのほうが正確ですね
HANNIBAL: Did you make that decision on the basis of anticipating the regret you would feel taking another life?
ハンニバル:きみはあのとき他人の命を奪ったら後悔するかも、と予期して決断した?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
HANNIBAL: Anticipating regret commonly results in dubious decisions. You must adapt your behavior to avoid feeling the same way again, Will.
ハンニバル後悔を前提にするとどっちつかずの決断になりやすい。ウィル、決断するとき後悔する自分を考えないように、行動を適応させなくては
WILL: Adapt. Evolve. Become.
ウィル:適応する。進化する。到達する
HANNIBAL: Yes. I want you to close your eyes. Imagine a version of events you wouldn't have regretted.
ハンニバルそうだ。眼を閉じて。あの出来事の後悔しなかったバージョンを想像して
- Will closes his eyes.
 ト書き:ウィル、両眼を閉じる
 (シーン挿入:ウィル、イングラムの額を撃ち抜く)
HANNIBA: What did you see?
ハンニバル:何を見た?
WILL: A missed opportunity. To feel like I felt when I killed Garret Jacob Hobbs. To feel like I felt when I thought I'd killed you.
ウィル:逃した好機を。ホッブズを殺したときに感じた感覚を。あなたを殺したと思ったときに感じた感覚を
HANNIBAL: And what does that feel like, WillExcitement bumping in your chest like a cold medallion?
ハンニバルウィル、それはどんな感じがする?興奮が冷たいメダルのように胸を突き上げる感覚?
WILL: I felt a quiet sense of power.
ウィル:静かに力が漲る感覚
HANNIBAL: Good. Remember that feeling.
ハンニバル:いいぞ。その感覚を覚えておきなさい

いやあ博士、いい変態ですね!このシーンはずっとイエローカード出っぱなしだけど、冷たいメダルのくだりで完全にアウトです。わたし大人だからこのセリフが削られた理由は何となくわかるよ。相手の皮膚感覚と興奮をねちこく聞き出そうとするのはもはやセックスやでハンニバル...。あと彼の声帯は息継ぎのときに「ウィル」って音が洩れる構造なの?

ランドールの本能の話は省略して、後半の殺し方談義。この2人にとって(というか主にハンニバルにとって)殺人の話と食事は疑似性交なんですかね...。

HANNIBAL: Can you imagine tearing someone apart? Or would you prefer to use a gun?
ハンニバル:きみは誰かを切り裂く想像をする?それとも銃を使うほうが好み?
WILL: Guns lack intimacy.
ウィル:銃は親密さに欠ける
HANNIBAL: You set an event in motion with a gun. You don't complete it. You fantasized about killing me with your hands. Wouldn't that be more satisfying than pulling a trigger?
ハンニバル:きみは銃でことを起こそうとしたが、遂行できなかった。きみは私を両手で殺すことを想像した。引き金を引くより満足できそうじゃないか?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
HANNIBAL: When you so discourteously sent the man to kill me, were you imagining killing me yourself? Living vicariously through him as if... your hands tightened the noose around my neck? Or were you simply hiding?
ハンニバル:きみが私を殺そうと男をひどく無礼に送り込んできたとき、私をきみ自身が殺すことは想像した?彼の身体を通して、まるできみの両手で私の首の回りを首吊り縄のように締めた気になった?それともきみはただ隠れていただけ?
WILL: I wasn't hiding from anything the first time I tried to kill you.
ウィル:あなたを最初に殺そうとしたとき、僕は隠れてなんかなかった
HANNIBAL: You were hiding... behind a gun. You must allow yourself to be intimate with your instincts, Will.
ハンニバル:きみは隠れていたよ、銃の後ろにね。ウィル、自分の本能と親しくならなくては

だからもうひたすらずっといかがわしいんだってば!intimacy、noose、intimateってかなり性的な言葉だと思うんですけど、わざとですかね...?
このシーン、診察室の机にウィルがお尻ひっかける感じで腰かけてて、その後ろでハンニバルが机の上の診療ノートや予約帳を整理してる。ハンニバルに背中を見せて平然と会話できるウィルの確信度はやっぱりものすごいな。あとウィルと横並びで机に腰掛けるハンニバルが新鮮です。嘘をつかなくなったハンニバルの威力ほんとうにえぐい。

S2E9: Shiizakana 愛しているよ、ウィル

表題は私の気がくるったわけではないのです。スクリプトでは確かにこう言ったの...!
S2E9の冒頭、ウィルがみた夢のシーン。木にロープで首ごと縛られたハンニバル、ロープの先には黒い牡鹿。ウィルが口笛を吹くと牡鹿がロープを引き、首と胴が締まっていく。
(※青字スクリプトにしかないセリフ・ト書きです)

HANNIBAL: Which answer is it you want to hear, Will?
ハンニバル:ウィル、どんな答えが聞きたい?
WILL: What’s happening now and about to happen is an answer. I want an admission. I want you to admit what you are.
ウィル:今起きていること、これから起きることが答えだ。僕がほしいのは自白です。あなたが何者なのか自白してほしい
HANNIBAL: Must I denounce myself as a monster while you still refuse to see the one growing inside you?
ハンニバル:きみが自分の中で育っているものを見ようとしないのに、私は自分を怪物だと告発しなくてはいけない?
 ※口笛の音、ロープが締まる※
 Why not appeal to my better nature?
 私の良心に訴えてはどうかな
WILL: I wasn't aware you had one.
ウィル:あなたに良心があったとは知らなかった
HANNIBAL: No one can be fully aware of another human being unless we love them. By that love we see potential in our beloved. Through that love, we allow our beloved to see their potential. Expressing that love, our beloved's potential comes true.
ハンニバル:愛さない限り、他者を完全に知ることはできない。愛を通してわれわれは愛する相手のなかに可能性を見る。愛を表現することで愛する相手の可能性を実現する
 ※口笛の音、ロープがさらに締まる※
HANNIBAL: I love you, Will.
ハンニバル:愛しているよ、ウィル
- VEINS bulge in Hannibal's forehead, but he doesn't cry out or protest. His eyes never waver from Will's.
 ト書き:ハンニバルの額には血管が浮かぶが、叫びも抗いもしない。彼の両目は決してウィルの両目から揺らがない
WILL: I once promised you a reckoning. Here it is.
ウィル:僕はかつてあなたに復讐を誓った。さあ、どうぞ
 ※口笛の音、ロープが締まり大量の血が飛び散る※

ちょ、ちょっと落ち着こう、いったん落ち着こう。ウィルの夢の中でハンニバルが「きみを愛しているよ、ウィル」と言った。...言った!タイミング的には黒せんと君になる前です。これを事件といわずして何というのか。どう捉えたらいいのこれ...。ぼうぜん。

とりあえず順番に片付けていこうね。ウィルがハンニバルに望むことは、怪物であると認め、本当の姿を明らかにすること。すなわち捕まること。これは自白のための脅迫で、本来殺すことは彼の復讐ではなかった。でも夢の中のハンニバルは自白よりも殺されることを選ぶ。「愛する者を殺させる」というこれまでのやり口を考えれば、ウィルにハンニバル自身を殺させることができれば彼の目的は一応達成される。あっ、でも待てよ殺されたのはハンニバルじゃない、黒せんと君(※スクリプトではウェンディゴ)だ。うー、ここちょっと保留にします。

...という前提で、ハンニバルの愛について。
「愛さない限り、他者を完全には知ることができない」。これはウィルが「あなたに良心があったとは知らなかった」と皮肉ったのに対して、「私について知らない部分があるのは、きみがまだ私を愛していないからだ」とハンニバルは言いたいんですね。ウィルがハンニバルを愛さない限り、ハンニバルを完全には知ることができないのだと。そして「私はきみを愛しているよ、ウィル(だから私はきみのことを完全に知っている)」。これにイラっときたウィルがダメ押しの口笛を吹いて、ハンニバルウェンディゴになって大量の血しぶき、という流れです。

ところで「愛さない限り、他者を完全には知ることができない」はハンニバルが言いそうにないセリフですが、たぶんこれフロム *1の『愛するということ』の引用じゃないかな。該当箇所をそのまま置いておきますね(下線は勝手にひきました)。

 “愛とは能動的に相手の中へと入っていくことであり、その結合によって相手の秘密を知りたいという欲望が満たされる。融合において、私はあなたを知り、私自身を知り、すべての人間を知る。愛こそが他の存在を知る唯一の方法である。
 ただし、普通の意味で“知る”わけではない。 命あるものを知るための唯一の方法、すなわち結合の体験によって知るのであって、考えて知るわけではないのだ。サディズムも、秘密を知りたいという欲望が動機になっているが、何も知ることはできない。相手の手足をバラバラに引きちぎったとしても、それはただの破壊でしかない。愛こそが他の存在を知る唯一の方法である。結合の行為の中で、知りたいという欲求は満たされる。愛の行為において、つまり自分自身を与え、相手のうちへと入ってゆく行為において、私は自分自身を、相手と自分の双方を、人間を、発見する。”

しかしあの回りくどく洗練された言い回し大好きなハンニバルが“I love you, Will.”とだけ言うの、迫るものがあります。ウィルがS3でベデリアさんに投げつけた“Is Hannibal in love with me?”との対比にも瞠目せずにおれない。
“I love you.”は親愛や友愛も含まれる、とても大きな愛。長い時間をかけて築かれる愛です。一方の“I'm in love with you.”は恋や性愛でしか使わない。家族や友人には言わないし、長年連れ添った夫婦もお互い言わない。夢中になる、いま恋に落ちた、という瞬間の火花のような表現。後者をわざわざベデリアさんに聞くウィルはなかなか怖い子で、自分が大きな愛でハンニバルに愛されてきたことはとっくに知っていて、その愛の種類が変わったかどうかを確認したかったのでは、という気がしてきた...。S3はまだ吹替えで1回しか見てないからわかんないけど...。

*1:そういえばエーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』でナチズムの心理を詳しく分析した人。彼は人間に示された最後の希望として「生命への愛」を挙げています。マシューに殺されそうになったとき「命は尊い」と言ったハンニバルを思わせる。フロムはサディズムネクロフィリアは人間に生まれつき備わったものではない、最悪な環境や条件をよいものへ置き換えることができれば、それらをなくすことができる、と言い切った楽観的な哲学者/精神分析家でもあります。カニバリズムサディズムネクロフィリアに並ぶ概念だと思いますが、この考え方はフランクルの「異常な状況においては異常な反応がまさに正常な行動である」ととても近い。若い頃に外科から精神医学に転向しようとしたハンニバルならもちろんフロムは読んだはず。そして若い頃のハンニバルならフロムの哲学を鼻で笑ったはずです。でも彼の記憶の宮殿にはあの美しい愛についての言葉たちが置いてあった。

S2E8: Su-zakana きみ自身のためにやらなくては

前回が大変つらかったので(自分のせい)、今回は全体的に報われているハンニバルを。(※青字スクリプトにしかないセリフ・ト書きです)

PETER: I think I hate him.
ピーター:僕は彼が憎いんだと思う
WILL: I envy your hate. Makes it much easier when you know how to feel.
ウィル:その感情が羨ましい。自分の感情がわかってればもっと簡単なのに
PETER: Makes what easier?
ピーター:何が簡単になる?
WILL: Killing them.
ウィル:彼らを殺すことが

ウィルのいう「them=彼ら」は、もちろんイングラムハンニバルです。ウィルは憎い人間ならわりと躊躇なく殺せるようになってる。さすがにピーターに嘘はつかないはずなので、ここに至ってウィルは本心からハンニバルを憎めていないことがわかる。じゃあその感情は一体何なのだ。

ウィルがピーターを保健委員のように連れていったあと、現場に残されたハンニバルが羊さんをもふもふしているところに(ここ何回見ても信じられないくらいかわいい...)馬の腹から這い出てくるイングラム。「その中に這い戻りたくなるかもしれないよ、耐えられるならね」と非道を言うハンニバルの背後に迫るウィル。イングラム銃口を突き付けて「ハンマーを拾え」っていうのウィルらしくていいですね。

- Hannibal moves to Will, a devil on his shoulder, whispers:
 ト書き:肩の上の悪魔のハンニバル、ウィルに近づき囁く
HANNIBAL: It won't feel the same, Will. It won't feel like killing me.
ハンニバル:撃っても同じ気分にはならないよ、ウィル。私を殺すのとは違う
WILL: It doesn't have to. I know what it will feel like. It'll feel good.
ウィル:同じじゃなくてもいい。こいつを殺してどう感じるかなんてわかってます。気分がいいはずだ
HANNIBAL: You did the best anyone could do for Peter, but don't do this for him. Not for Mr. Ingram's victims or their many friends and relatives who would love to see him dead. If you're going to do this, Will... You have to do it for yourself.
ハンニバル:きみはピーターのためにできるだけのことをしてきた、でもこれは彼のためにならない。ミスタ・イングラムの被害者や、その死を知って喜ぶ被害者の友人、関係者のためでもない。もし殺すなら、ウィル、きみ自身のためにやらなくては
INGRAM: Please don't.
イングラム:殺さないでくれ
HANNIBAL: You would be wise to remain silent, Mr. Ingram. Will, This is not the reckoning you promised yourself.
ハンニバル:ミスタ・イングラム、黙っていたほうが賢明だ。ウィル、これはきみが自らに誓った私への復讐ではないよ
  - His finger so tight -- SLO-MO -- the trigger CLICKS -- the hammer FALLS -- ON HANNIBAL'S FINGER, between the hammer and firing pin. Will looks at Hannibal as Hannibal slides his hand around Will's and pulls the gun away. Their faces close together. Hannibal talks quietly into Will's ear:
 ト書き:彼の指が強く引き絞られ、引き金が引かれ、撃鉄が落ちる。ハンニバルの指が撃鉄と撃針の間に入る(※スローモーション)。ウィル、ハンニバルを見る。ハンニバルの手がウィルの手をそっと握りスライドさせ、銃を取り上げる。2人の顔は互いに近く、ハンニバルはウィルの耳に囁きかける
HANNIBAL: With all my knowledge and intrusion, I could never entirely predict you. I can feed the caterpillar, I can whisper through the chrysalis, but what hatches, follows its own nature and is beyond me.
ハンニバル:私の全知識と強引な介入をもってしても、きみを完全に予測することはできなかった。幼虫に餌を与え、さなぎに囁きかけることはできても、何が羽化し、どんな本性に従うかは私の理解を超えてしまう

ここのハンニバルは終始たいへん嬉しそうですね。よかったね!
久しぶりのスクリプト芸ですが、上質のフェティシズムをありがとうとしか言えない。あ、でもハンニバルが右手でウィルの首筋つかむ指示はスクリプトにはなかったのか。現場の演出の方もありがとう。ここハンニバルがいつおでこくっつけてグリグリしだすかと思いました。ハンニバルははるか昔ジャックに「父親との何気ない時間、それが荒波に耐える錨となる。ウィルには錨が必要だ」と言ったけど、この段階でハンニバルはすでに友人ではなくウィルの父親のようです。そして幼虫とさなぎの比喩が出てきた。字幕ではもう「成虫」って先走ってるけど、まだ“what”なので明言はされていません。ここはむしろハンニバルの「さなぎの殻から何が出てくるかは私にもわからない」というゾクゾク感がよいのにな...。

S2E8: Su-zakana 私がすぐ傍らに立っている

初見時はこのあたりから本格的に迷子になったんですが、なんで読みまちがったかわかってきたぞ。シーズン2後半以降、字幕はわかりやすさを重視して特殊な用語を端折ったり意訳したりしてくれてる。いいことなんですが、このドラマの制作側は視聴者にもっと深く理解してほしい、理解できるはずと思って特殊な用語を仕込んでいるので、そこで読みに無理が生じてくる。このドラマを骨の髄までしゃぶろうと思ったら、やっぱり補助線が必要です。そうなるとメインが解釈になってくるんだけど、対訳目当ての方には本当にもうしわけない...。飛ばしてください...。

まずはピーターの厩舎に向かうウィルとハンニバル。夜の雪道走るベントレーかっこええ!(※青字スクリプトにしかないセリフ・ト書きです)

- Hannibal drives along a dark country road, Will in the passenger seat beside him. Hannibal looks at Will, his eyes fixed ahead.
 ト書き:ハンニバル、暗い田舎道を運転している。ウィルは彼の隣の助手席に。ハンニバルはウィルを見ているが、ウィルの視線は前方に固定されている
HANNIBAL: You look like a man who has suffered an irrevocable loss.
ハンニバル:取り返しのつかないものを失ったような顔をしてるね
WILL: I'm trying to prevent one.
ウィル:失わないようにしたいんです
HANNIBAL: Do you think if you save Peter Bernardone, you can save yourself?
ハンニバル:もしピーターを救えたら、自分自身を救えると思う?
WILL: Save myself from what, Dr. Lecter?
ウィル:何から自分を救うんです、レクター博士
HANNIBAL: From who you perceive me to be.
ハンニバル:きみが考える私から
WILL: I'm afraid I need to be saved from who you perceive me to be.
ウィル:あなたが考える僕から救われる必要があると思うな、残念だけど
HANNIBAL: Every time you think about it, it stings, doesn't it? Wondering if I could be right about you. Many troublesome behaviors strike when we/you are uncertain of our/yourselves. Peter Bernardone lies in the same darkness that holds you.
ハンニバルそう考えるたびに操られてる気分になるだろう?きみに関しては私が正しいのではと思うよ。きみは自分に確信が持てないとき、問題行動を起こす。ピーターはきみが抱える暗闇と同じ場所にいる
WILL: I'm alone in that darkness.
ウィル:僕はその暗闇に1人でいる
HANNIBAL: You're not alone, Will. I'm standing right beside you. Does Peter Bernardone fantasize about killing the way you do?
ハンニバル:きみは1人じゃない、ウィル。私がすぐ傍らに立っている。ピーターはきみが再構築した方法で殺害を空想している?
WILL: He's not a killer.
ウィル:彼は殺人犯じゃありませんよ
HANNIBAL: Given extreme enough circumstances, we can all behave like psychopaths.
ハンニバル:極限状況を与えられれば、私たちは皆サイコパスのように振舞うようになる

ここでハンニバルが「暗闇で佇むきみの隣に私もいる」というの、初見の吹替え時は「これまでずっと"自分は明るい場所にいる"と偽り続けてきたのにいいの!?」ってなったけど、前回のセラピーで嘘をつかない契約を交わしたからなんですね。これはウィルを騙すためとかではなく、ハンニバルの本心なんだ。つらい...博士つらい...。
で、スクリプトから後半ばっさり削られたハンニバルのセリフ、本来は次のピーターとの会話につなげるために用意されてたもの。本筋とは関係ないけどハンニバルの来歴を解釈するためにとても大事なので。

PETER: I used to have..., I used to have a horrible fear of... of hurting anything. But, he helped me get over that. Feels so abnormal.
ピーター:僕はずっと...ずっと何かを傷つけることがひどく怖かった。でも彼は僕にその恐怖を克服させてしまった。とても異常だと思う
HANNIBAL: An abnormal reaction to an abnormal situation is normal behavior.
ハンニバル:異常な状況に対する異常な反応は正常な行動だよ

「異常な状況においては異常な反応がまさに正常な行動である」は、アウシュビッツ強制収容所を経験し、生き延びたV.E.フランクルが書いた『夜と霧』の有名なことば。NBCハンニバルは時代設定が違うのでハンニバル・ライジングの設定がどこまで通用するか判断が難しいのですが、カットされた車中の会話「極限状況を与えられれば、私たちは皆サイコパスのように振舞う」と呼応しています。西欧の文脈で極限状況とはすなわちアウシュビッツホロコーストのこと。ハンニバルはここで幼少期に極限状況を経験した自身のことを2度口にしている。暗示的ではあるにせよ、このことをウィルに素直に告げたハンニバルは今ほんとに剥き出しなんだと思う。
ホロコースト=極限状況を生き延びてしまった人、たとえばプリモ・レーヴィは「大量殺戮は神による罰だ」と主張する宗教家に反発してこう言う。「ちがう。わたしはこれを認めない。無意味であるということこそが、大量殺戮をいっそう恐ろしいものにしているのだ」。人間が犯した罪に対して下された神罰なら、まだ救いがある。そこに「意味」があるから。救いがないのは、ただ偶然に、無意味に自分の身に悲劇が降りかかることです。「なぜ私だけがこんな酷い目に?」という問いに「なぜなら君が過ちを犯したからだ」と神が答えるのは、救いである。でも賛美歌を歌う信者の上に教会の屋根を落とす神の行為には意味も救いもない。
神に対するハンニバルの強い感情もおそらくここに起因すると思うのです。幼少期に飢餓状態で妹を殺され喰われ、それと知らず自分も喰わされてなお生き残ってしまったハンニバルは「アウシュビッツの残りのもの」であり、「底に触れた者」である。彼は自分が選ばれてしまったことに「意味がなく」、「ただ偶然自分だった」ことから免れようとして怪物になった。無意味を有意味に、無価値を有価値に、偶然を必然に変えるために。この偶然を必然に、というところがとても大事なんですがもうちょっと後で補助線がふえてくるのでここまで。
...もうこれ萌えとか関係ないな、ダメだな...。

S2E8: Su-zakana やっとあなたに興味が湧いてきたから

S2E8前半はウィルとジャックが仲良くハンニバルの釣り方談義をしたり(ジャックはいつの間にハンニバル犯人説を推すようになったの?チルトンの逃亡劇がお粗末だったから?)、ゲロマズそうな鱒料理が出てきたり(ハンニバルキッチンのワーストだ...)、アラーナのハンニバル胸毛クルクルがあったり(これS2E7でスクリプト1ページ半削られてたクライマックスシーンかも)、超重要人物のバージャー兄妹が登場したり(マーゴの服たまらん欲しい)と盛りだくさんですが、第2章以降はほぼウィルとハンニバルの会話&セラピーを執拗にみていきます。これまで以上にめんどくさい考察になる...やも...。

- Will sits with Hannibal. Mid therapy session.
 ト書き:ウィル、ハンニバルとともに座っている。セラピーのセッション中
HANNIBAL: You were able to reconstruct his fantasies. One dead creature giving birth to another. The bird, his victim's new beating heart. Her soul given wings.
ハンニバル:きみはピーターの妄想を再構築できていたね。ある生き物の死が別の生き物に命を与える妄想だ。小鳥は被害者の新たな鼓動。彼女の魂には翼が与えられた
WILL: Rebirths can only ever be symbolic.
ウィル:再生は象徴界でしかありえないでしょう *1
HANNIBAL: You've been reborn.
ハンニバル:きみは生まれ変わった
WILL: Wasn't that the goal of my therapy?
ウィル:それが僕のセラピーの目標だったはずでは?
HANNIBAL: How does it feel consulting again with Jack Crawford and the FBI? Last time it nearly destroyed you.
ハンニバル:ジャック・クロフォードやFBIにまた協力するのはどんな感じがする?前回はそれできみが壊れかけた
WILL: Last time you nearly destroyed me.
ウィル:あなたが壊しかけたんですよ
- Hannibal sighs.
 ト書き:ハンニバル、ため息をつく
HANNIBAL: After everything that's happened, Will, you still believe--
ハンニバル:ウィル、あんなことがあってもまだきみは私を...
WILL: You can stop right there. You may have to pretend, but I don't.
ウィル:もうやめてください。あなたには偽る必要があるのかもしれないけど、僕にはない
- Hannibal stares at Will, smiles, then:
 ト書き:ハンニバル、ウィルをじっとみて笑う。そして:
HANNIBAL: No, you don't. Not with me.
ハンニバル:そうだね、きみには私に偽る必要がない
WILL: I don't expect you to admit anything. You can't. But I prefer sins of omission to outright lies, Dr. Lecter. Don't lie to me.
ウィル:僕は期待してない、あなたは何も認めてくれない。認められないんだ。でも僕は真っ赤な嘘をつかれるより不作為の罪 *2 のほうがいい、レクター博士。僕に嘘をつかないで
HANNIBAL: Will you return the courtesy? Why have you resumed your therapy?
ハンニバル:では返礼をくれないか? *3 なぜセラピーを再開した?
WILL: Can't just talk to any psychiatrist about what's kicking round my head.
ウィル:どんな精神科医にも僕の頭を駆け巡ってる妄想は話せない、それだけです *4
- Hannibal gauges Will thoughtfully, then asks:
 ト書き:ハンニバル、ウィルを慎重に推し測り、尋ねる
HANNIBAL: Do you fantasize about killing me?
ハンニバル:私を殺すことを妄想する?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
HANNIBAL: Tell me. How would you do it?
ハンニバル:教えて。どうやって殺す?
- Will considers that a moment, then:
 ト書き:ウィル、しばらく考えて
WILL: With my hands.
ウィル:僕の両手で
HANNIBAL: Then we haven't moved past apologies and forgiveness, have we?
ハンニバル:それなら私たちはまだ謝罪と許しから先に進んでいないね
WILL: We've moved past a lot of things. I discovered a truth about myself when I tried to have you killed.
ウィル:僕らはたくさんのことを通り過ぎてきた。あなたを殺そうとしたとき、自分の真実の姿を見た
HANNIBAL: That doing bad things to bad people makes you feel good?
ハンニバル:悪人に悪をなすといい気分になる?
WILL: Yes.
ウィル:ええ
HANNIBAL: I need to know if you're going to try to kill me again, Will.
ハンニバル:ウィル、きみがもう1度私を殺すつもりかどうかを知りたい
WILL: I don't want to kill you anymore, Dr. Lecter. Not now that I finally find you interesting.
ウィル:もうあなたを殺したくない、レクター博士。やっとあなたに興味が湧いてきたから

ここでようやくS1E1、ウィルに朝ごはん持ってきたハンニバルとの会話に戻る。大前提として、この2人はお互いがしゃべったどんな言葉もすべて記憶しています。かつて「あなたに興味は持てないな」と言ったウィルに、「いずれ持つようになるよ」と言ったハンニバル。そのいずれ、が今です。これは間違いなくウィルの本心で、ハンニバルの本懐のはず。彼らは本当にたくさんのことを通り過ぎて、ようやくこの場所に辿り付いた。 

*1:基本的に字幕・吹替えに物申す気はないのですが、これは...これはsymbolicを残しておいてほしかった...!吹替えでは「実際に生まれ変われるわけじゃない」ってとてもこなれた訳をされてますが、ここ個人的にはアンダーライン引いときます。詳しくはS2E13で。

*2:"sins of omission"は聖書の言葉。日本語に訳しにくい概念ですが、ただ単に「黙ってて」というよりかなり意味が重いです。それだけ重いことをウィルはハンニバルに要請してる。

*3:ウィルの要請に対して、ハンニバルはここで「嘘はつかない、黙っている」と了解したことになります。彼は本当にこれ以降、ウィルに対しては嘘をついていないはず。操るし陥れるし黙っているけど、嘘はついていない。これは第1章までの嘘だらけのハンニバルとは大きく違うところ。その「返礼」として、ハンニバルはウィルにセラピー再開のほんとうの理由を要求する。この"return the courtesy"はハンニバルにとってとてもとても大事な概念です。"Courtesy(礼儀)"は彼が最重視するもの。つまりハンニバルは約束は守るからきみも礼儀を差し出せ、とウィルに持ちかけてる。こんな譲歩というか交換条件、ハンニバルはウィル以外の人間に対してやらないと思うよ...。だから字幕の「かわりに教えて」では意味が足りないのです。

*4:ここ、字幕と吹替えの「あなた以外の精神科医に僕の頭の中身は理解できない」は訳が間違ってるの...。これはこれですごい萌えるけど間違ってるの...。ウィルが言いたいのは、(ハンニバルを)殺す妄想をハンニバル以外の精神科医に言えるかよってことです。だからこの後ハンニバルが「その妄想は私を殺すこと?」って聞いたんです。そしてハンニバルの質問「なぜセラピーを再開した?」に対して、ウィルは嘘をついた。セラピーの目的はハンニバルに接近し釣り上げることだから。ウィルの答えはセラピストにハンニバルを選んだ理由でしかない。礼儀は必ず守るハンニバルが「礼儀を差し出せ」といったのに、ハンニバルは嘘をつかなかったのに、ウィルは礼儀でもって答えなかった。純情を踏みにじられたようなもの。だから最後にハンニバルが"ああ"するのは、もうしょうがないよね、あれですんでよかったねウィル、と思ってしまう...。